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『フェデラーの一瞬』は奇書で傑作。
作家がスポーツを描くスリルと愉快。 

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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posted2020/05/13 07:00

『フェデラーの一瞬』は奇書で傑作。作家がスポーツを描くスリルと愉快。<Number Web> photograph by AFLO

2005年のフェデラーは2つのグランドスラムを手にし、勝率が95%を超えた。その「一瞬」に著者は出会ったのだ。

コナーズをディスる注釈の破壊力。

 このようにテニスを書くウォレスの文章は刺激に満ちているのだが、奇書でもあるのは、注釈が驚くほど長いことにある。アメリカのノンフィクションは欄外に注釈があるのが珍しくないが、たとえば本書の97頁のラスト5行から98、99と注釈で埋め尽くされている。なかなか大胆だ。

 このスタイルは、日本の読者には馴染みが薄く、読むにはつらいかもしれない。私も最初、飛ばそうと思ったほどだったが、この注釈が困ったことに面白いのだ。飛ばせない。

 たとえば、ジミー・コナーズに書かれたもので、これまででいちばん笑ったのは次の注釈だ。

「あなたがご存知かどうかは知らないが、コナーズはテニスの歴史でもっとも奇矯な戦法のひとつを採っていた」

 という文章で始まり、次のように続く。

「その戦法は珍無類で、ベースラインから火のようなパワーを生み出すラケットは、スチールの金網を張ったウィルソンT2000という、これまで作られたなかで他に例のない最低のテニスラケットだった」

 コナーズをこれだけディスった文章には出会ったことはない。この調子でウォレスは注釈を綴っていく。まったくもって愉快である(ちなみに、コナーズはちょっとの期間だけシャラポワのコーチを務めたことがある。コーチ、メンターとしてはジョイスの方がはるかに上)。

2008年に自ら命を絶ってしまった筆者。

 5月のこの時期は、本来であればクレーコートのシーズン真っ盛りで、全仏オープンが待ち遠しい季節なのだが、今年ばかりは我慢しなければならない。

『フェデラーの一瞬』は、いろいろな意味でとっつきにくい本だが、ウォレスの世界に入り込んでしまえば豊かな体験が出来る。

 ウォレスだったら、いまのジョコビッチのことをどう書くだろう? そんな想像をしてしまうのだが、その願いはかなわない。

 彼は2008年に、自ら命を絶っているからだ。

 奇書であるが、私はこの本が好きだ。

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