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井上尚弥は「1秒の間に何コマも」。
どうすれば「ゾーン」に入れるか?
posted2019/12/15 20:00
text by
長田昭二Shoji Osada
photograph by
Hiroaki Yamaguchi
スポーツの世界では、「ゾーンに入る」という表現がよく使われる。ゾーンとは「集中力が高まり、雑念が消えた状態」ということが一般的な解釈だろう。ただ、ゾーンに入ったアスリートたちは特異な体験をすることも多い。
古くはV9時代の巨人軍監督で、現役時代は「打撃の神様」の異名をとった故・川上哲治氏が、「ボールが止まって見えた」と語ったという逸話は有名だ。
福岡ソフトバンクホークスの内川聖一は、首位打者を獲得した2008年、「9月に吉見(中日)のフォークをセンターオーバーの二塁打にした打席は究極だった。落ちる球が、目の前でサッカーボールぐらいに大きく見えた。毎回この感覚だったら絶対打てるなと思った」(「西日本スポーツ」2018年5月10日付)という。
ボクシングのWBSSバンタム級王者・井上尚弥は、3階級で世界王者になった長谷川穂積氏との対談で次のように語っている(「デイリースポーツ」2019年1月3日付)。
〈WBSS初戦のパヤノ戦は、たった70秒で一撃必殺だった。
長谷川「あの試合は“ゾーン”に入っていたよね」
井上「あの瞬間は秒数が流れているけど、1秒の間に何コマも出てきた感じです。ジャブで踏み込んだ瞬間に(右が)当たるってわかったし。スローに感じる感覚でした」〉
どうすればゾーンに入れるのか?
筆者は普段、医療ジャーナリストとして医師をはじめとする医療関係者を取材している。今回は「どうすればゾーンに入れるのか」、「ゾーンに入っているアスリートの脳はどういう状態なのか」、ということを医学的見地から考えてみたい。
「“ゾーン”は、アメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイが呼んだ“フロー状態”とほぼ同義語です。作業プロセスを楽しみながら、エネルギッシュに集中することに完全に没頭した状態を指します」
こう語るのは、脳神経外科医でスポーツドクターの資格を持つ菅原道仁医師だ。続けて解説する。
「アスリートもトップクラスになると技術の差はほぼなくなる。その状況で結果を左右する最も大きい要素はメンタルです。心の持ち方をいいほうに持っていくテクニックがあればそれに越したことはないし、意図的にゾーンに入ることができるのなら絶対的に有利です」