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村田諒太を支える「親父と息子」。
居場所はボクシング、逃げ場は……。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byTsutomu Takasu
posted2019/07/31 11:30
ロブ・ブラントにリベンジを果たした直後こそ感情を高ぶらせていたが、試合後の取材では落ち着きを取り戻していた。
読書好きは父の影響。
彼のこの考え方は「親父と話をして思ったこと」。
そう言えば今回のインタビューにも父親が登場していた。8歳の長男・晴道くんと野球の相手をするという約束を果たした話に及んだとき。
「昨日、晴道はバッティングで200球くらい打って、投げるのも1時間くらいやっていました、ずっと。親父はよく言うんですよ。『天才脳が働いているから邪魔するな』って。つまり子供が集中しているときは邪魔しちゃいけないっていう考え方で、僕もそうやって育てられてきた。だから僕も息子が集中しているときは、制止しないでできるだけ見守るようにしています」
父と息子。
2017年10月にNHKで放送された「村田諒太 父子でつかんだ世界王座」というドキュメント番組があった。アッサン・エンダムとのリマッチに臨むまでの期間を描いたもので、絶対に勝たなければならないプレッシャーに向き合う村田と、それを静かに見守る父に焦点を当てていた。
父・誠二さんは長年にわたって障がい者支援施設で公務員として働き、番組のナレーションの表現を借りれば「重度の障がい者に寄り添う仕事。悩んだときに救ってくれたのが哲学や心理学の本だった」。映し出された父の部屋には、本が山積みされてあった。息子が読書好きになったのはまさしく父の影響であった。
「問い掛けに対して応えていくのが人生」
息子が立ち止まったら、本を贈る。心理学者ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』は、父からのプレゼントであった。村田はよく言っていた。
「人生に意味を求めるのではない、と。むしろ、問い掛けに対して応えていくのが人生だ、と。そうだなと思います」
第二次世界大戦中、ナチスの強制収容所での体験を基に生きる意味を記した一冊は村田の心にも響いた。
今も誠二さんが住む、岡山の瀬戸内海に面した町。村田も幼少時代に目の前に広がる穏やかな海でよく遊んだという。番組内で父はうれしそうに言う。
「(潮が)引くとカニが採れる。諒太はそれを採るのがうまかった」
集中する諒太少年を、静かに見守る誠二さんの姿が何だか想像できる。