ボクシングPRESSBACK NUMBER
村田諒太を支える「親父と息子」。
居場所はボクシング、逃げ場は……。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byTsutomu Takasu
posted2019/07/31 11:30
ロブ・ブラントにリベンジを果たした直後こそ感情を高ぶらせていたが、試合後の取材では落ち着きを取り戻していた。
「息子との約束は果たします」
今回初めて息子を試合に招待することを聞いたのは5月のことだった。
「息子に初めて見せる試合になると思います。息子にはいいところを見せないといけない。パパどうなの? って聞かれて『絶対勝つよ』と言うとニコニコするんです。だから息子との約束は果たします。何があっても。大丈夫です」
サラッと言った。
毎回のように訪れる苦しみも迷いも乗り越え、自然の摂理に身を委ねているような落ち着き払った彼がいた。試合までその印象は、ずっと変わらなかった。
1つひとつを振り返ってみれば、筆者の心に引っ掛かっていたものはスーッと消えていった。
父から受け継ぎ、今を懸命に生き、その姿を息子に示す。
居場所も逃げ場も背負ってリングに向かい、歩んできた「軌跡」そのものをブラントにぶつけた。ストーリーに区切りはない。区切る必要もない。
だからこそ父のように、あの瀬戸内海のように、穏やかな気持ちに立ち戻ることができるのだ、と。
Numberのインタビューの後、降っていた雨が止んだ。明るくなる曇天を見上げて、生傷の残る表情を崩した。
「雨が止んだら、息子の野球があるんですよ。ちょっと行ってきます」
ボクシングと、家族と。家族は最高の逃げ場であるとともに、本当の居場所。
人生からの1つの問いに、村田諒太は応えた。戻ってきたベルトが、その答えであったような気がしている。