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自衛隊最強の陸上部、滝ヶ原。
富士山の歴史を継ぐ「軍武両道」。
text by
千葉弓子Yumiko Chiba
photograph byKiichi Matsumoto
posted2019/07/23 08:00
迷彩服着用でジープに乗り込み、練習場所の富士山御殿場登山口「太郎坊」に向かう滝ケ原陸上部のメンバー。
「行軍もトレランに役立っている」
近年、トレイルランの世界ではプロ志向の選手が増えつつあるが、川崎は「自分にとってレースはあくまで趣味」と割り切っている。それでも競技を続けるからには当然、勝利への想いは強い。仕事と競技の両立では、時間のやりくりが最大の課題だ。
「訓練では行軍もあります。寝ずに長い時間歩くこともあって辛いのですが、自分はこういう訓練もすべてトレイルランに役に立っていると思ってやっています。訓練と競技、お互いが相互作用しているというか、無駄なことはないのかな、と。目下の目標は富士登山駅伝でのレギュラー入りです」
私たちは自衛官。ランナーじゃない。
太田監督は、自衛隊員である選手にとって最も難しいのは体調管理だという。
「演習で山の中に3~4日入ると、重い背嚢を背負って不眠不休、食事はレーション(携行食)という生活を送ります。陸上部でも飛び抜けてストイックな宮原は、日頃たんぱく質のグラム数まで計算して食事に気を配っているのに、演習が続くと完全に体が変わってしまうんですね。それを戻すのに相当努力していると思います。
高負荷をかけて常にギリギリのトレーニングをしている部員にとって、1週間も走れない日が続くというのは、かなりの負担になるわけです。でも私たちは自衛官であって、マラソンランナーじゃない。自衛官として競技に取り組んでいるわけですから、それは当たり前のことです」
時間と体調をシビアに管理することで手にすることができる富士登山駅伝の「優勝」。たとえば、優勝すると隊員たちへお祝いや賞与のようなものはあるのだろうか。
「なにもないですよ(笑)。でも負けられないんです。うちの部は選手の意識が高いから私は楽させてもらっていると思います。いちばん強い宮原が、いちばん練習するんですからね。みなが自然にその姿から学んで、いい流れができていると思います」
朝10時、駐屯地から大型ジープに乗り込んで太郎坊まで移動する。駐車場に車を駐め、みなでウォーミングアップのジョグを済ませると、それぞれの課題をこなすべく散り散りになった。
実は4年前の夏にも、ここ太郎坊で駅伝の練習に励む宮原を取材したことがある。宮原のアスリートとしてのオーラはその頃からまったく変わらない。他のトレイルランナーとは明らかに一線を画す、鍛え上げた刀のような肉体。涼やかな表情で火山灰を登っていく。
<後編では、滝ヶ原陸上部の「帝王」、宮原徹のインタビューを通じて、自衛隊員アスリートの本質に迫る。>