“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
1年に守護神を奪われた3年がJ内定。
流通経済大柏GKのドラマ性が凄い。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2019/01/09 11:00
練習中に笑顔を見せる猪瀬康介(左)と松原颯汰。流通経済大柏での切磋琢磨がお互いを高める。
勝手に諦めてしまっていた。
大学進学も薦められていたが、彼の意思は非常に固かった。だからこそ、彼はレギュラー奪取に向けて、必死でトレーニングした。しかし9月の終わり、張りつめていたものが、一度切れた瞬間があった。
「ずっと頭の片隅に抱えていたものが、突然自分の前に現れたんです。『もうサッカーを諦めて、就職した方が良い』と思うようになって。もともと僕はサッカー以外に競技用自転車が大好きで、“自転車整備士の道に進もう”と思ったんです。それもあって監督や榎本コーチ、伊佐コーチにもその意思を伝えて、いろいろ自転車関係の会社を調べて、行きたいと思った3社に履歴書を送りました」
しかし、高卒で資格すら持っていない猪瀬を採用するところはなかった。現実をも突きつけられた彼だったが、そこで本当の自分の想いに気づいた。
「現実はそこまで甘くないと思ったし、何よりこのまま高校サッカーが終わってしまったら、自分は一生後悔するんじゃないかと思うようになったんです。サッカーが嫌いになったわけではないのに、就職を考えたのも、試合に出られていないという現状に勝手に折れてしまっていたんじゃないか……と。勝手に自分で諦めてしまっていたんです。
やっぱり僕はサッカーをしたいし、正GKとしてプレーしたい。その想いが湧き上がって、監督とコーチに『サッカーがやりたいです。やっぱりサッカーでプロになりたいです』と言ったら、すぐに受け入れてくれた。だからこそ、もう一度心を入れ替えて、絶対に正GKを奪ってプロになってみせると、練習に取り組むようになった」
コーチから見ても急成長。
このタイミングから猪瀬は劇的に伸びた。間近で接して来た伊佐コーチは、そう証言する。
「普通だったら、もうとっくに気持ちが切れていますよね。でも、アイツは違った。もう一度サッカーを続けると決めてから、トレーニングに取り組む姿勢がガラッと変わった。もともと真面目に取り組む選手だったけど、よりストイックになったというか、貪欲な姿勢が出た。そこからの短期間で急激に伸びた部分が数多くあった。
まずセービング面で『ここは止めなきゃダメだよ』というボールを触れるようになったことが一番大きい。あと相手と味方の状況を相対的に見て、ポジションがとれるようになった。今『どっちを使う?』と聞かれたら、松原と猪瀬は五分だと思います」