大相撲PRESSBACK NUMBER
稀勢の里の相撲と雰囲気が変わった。
超人と凡人が同居する横綱から今は。
text by
西尾克洋Katsuhiro Nishio
photograph byKyodo News
posted2018/10/15 07:30
稀勢の里が9月場所で15日を完走し、二けたの勝ち星をあげることをどれだけの人が信じきれていただろうか。
超人的な逆転を繰り返した9月場所。
そういう稀勢の里が、今場所は横綱としての強さを見せた。
勝った取組の殆どで、稀勢の里は相手の攻めを許していた。かつての稀勢の里であれば、どこで土俵を割ってもおかしくない内容だった。
絶対的な武器を失いながらも、今場所の稀勢の里の表情は穏やかだった。まばたきをする機会もあったが、まばたきに不安を感じることは無かった。
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敗れた相撲が5番あったが、千代大龍・玉鷲・逸ノ城という巨漢対策が整っていなかった3番と、左の攻防で敗れた白鵬・豪栄道の2番だ。つまり、かつての稀勢の里の敗れ方とは明確に異なるのである。
もはや稀勢の里は、かつての稀勢の里ではなかった。
最初は引退の迫った横綱、愛すべき稀勢の里に対して歓声をあげていた観客も、超人的な逆転を繰り返す稀勢の里に希望を見出した。
取組中に心臓が止まりそうになるのは、稀勢の里ファンの習性なので変えようがない。だが御嶽海の攻めを受け切った一番も、鶴竜を相手に今場所の形を見せた一番も、序盤ほどの怖さを感じることはなかった。
九州場所の稀勢の里が観られることが嬉しい。
15日を通じて、稀勢の里の今を受け止めることができた。そしてそれは、横綱として現役を続行するに値するものだったと思う。
九州場所まで、あと1カ月残されている。上位力士の怖いところは、一度は通じた相撲に対して対策を立てて実行するまでのスピードが非常に早いところだ。かつて関脇までスピード昇進した逸ノ城に対して、初対戦の翌場所でほぼ全ての横綱大関が勝利したこともあった。
心の強さが、技術に上回られることもある。それは秋場所の白鵬・豪栄道戦でも立証済みだ。右を抱えるにしても、攻めの受け方は見直さねばならないだろう。強靭な下半身頼みでは、腰高な弱点を突かれると崩れる恐れもあるからだ。
そして、巨漢対策についても答えを導き出さねばならないことだろう。決して安閑としていられる立場ではない。
だが、秋場所前に殆ど想像できなかった「九州場所での稀勢の里」を観られるという事実が、ただ嬉しい。肝を冷やしながら、指と指の間から取組を観るあの緊張感。しかし凡人性に落胆する必要が無いという事実が少し寂しくも、嬉しくもあるのだ。