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女子マラソンの新星・松田瑞生。
動物的なオーラと底抜けの明るさ。 

text by

柳橋閑

柳橋閑Kan Yanagibashi

PROFILE

photograph byAi Hirano

posted2018/07/10 08:00

女子マラソンの新星・松田瑞生。動物的なオーラと底抜けの明るさ。<Number Web> photograph by Ai Hirano

東京五輪への出場権は熾烈を極める。松田瑞生も有力候補の1人としてMGCに臨もうとしている。

伝説の靴職人から「マラソン向きだ」。

 とはいえ、入社当初は具体的にマラソンを走るイメージが湧いていたわけではない。監督の林清司も、実際にマラソン練習をやらせてみるまでは確信が持てなかった。ただ、高橋尚子や野口みずきらのシューズを作ってきた靴職人、三村仁司だけは早くから松田の才能に気づいていた。

「三村さんから『こいつはマラソン向きだぞ。おもしろいからやらせてみろ』と言われたんです。着地の仕方や足のバランスを見ていたんだと思います。ただ、松田はあれだけの腹筋を持っていながら、最初はうまく使えていませんでした。そこで走りをビデオに撮って見せ、足を蹴り出すのではなく、お腹で足を引き上げる感覚を身につけさせていきました。同時に長い距離を意識づけていき、まずは日本選手権の1万mに出ることを目標にしたんです」(林監督)

「結果が残らんかったら、もうやらん」

 2016年の日本選手権1万mで、松田は4位に入る。さらに翌年、冒頭で書いたように日本選手権を制し、世界陸上に出場することになった。結果は19位だったが、世界の舞台とスピードを経験できたことは、大きな収穫だった。

 そして、いよいよマラソンへの挑戦が始まる。舞台は地元の大阪国際女子マラソン。秋の実業団対抗駅伝を終えると、松田はひとりマラソン練習に入った。本人は「他の実業団に比べれば、ぜんぜんやってませんよ」と謙遜するが、1カ月半の間に、25km、30km、35km、40km2本、さらに30km変化走を集中的にこなした。アメリカのアルバカーキで合宿を張り、他の選手とはまったく接触せず、濃密な時間を過ごした。

「練習がきつすぎて、『ここまでやって結果が残らんのやったら、もうマラソンはやらん』と思ってました。とくにカーボローディング中は調子が上がらなくて、『これじゃ、絶対走れへん』と思ってましたね」

【次ページ】 気持ちよく走れた初マラソン。

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