マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
プロ野球に選手を送り出す監督たち。
風呂、宗教……心配の種は多種多様。
posted2018/02/23 16:30
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
Kyodo News
昨年2月、ソフトバンク・宮崎キャンプでのことだ。
アップを終えた二軍、三軍の若い選手たちが「サブグラウンド」の外野の芝生に集まった。
コーチ、マネージャーから業務連絡があった後、「さあ、今日は誰だ!」のひと声にサッと左手が上がって、長身の選手がひとり、選手の群れの中から前に進み出た。
「今日は、育成3年目、齋藤誠哉がスピーチさせていただきます!」
元気のよい声が、ファールグラウンドに立っていたこちらの耳にまで聞こえてきた。
「人前で、あんな大きな声を出せるヤツじゃなかったんだ……」
ちょうどその日、彼の高校3年間を教え導いた磐田東高(静岡)・山内克之監督がキャンプに足を運んでいた。
「仲間にいれてもらえるのかなぁって……」
2月の宮崎は、まだ北風が強い。ビューと吹き抜ける音にかき消されて、そのあとの“スピーチ”がよく聞こえない。いつの間にか、ファールラインギリギリの所に山内監督がいた。
「何言ってるんだか、よく聞こえないけど、ほら、なんだかみんなの笑いも取ってるし、聞いてもらってるんだよねぇ、あいつなんかの話でも……。ありがたいよねぇ」
いつもは向こうっ気の強い山内監督が、珍しく涙ぐんでいる。
「いちばん心配してたんだ、みんなの仲間に入れてもらえるのかなぁって……。誠哉の性格でねぇ」
青森の中学から磐田東に進み、本格派左腕としての素質は誰もが一目置くほどだったが、なかなか人を信じないところがあると聞いていた。そこのところだけを3年かけて、ほぐし、耕してきたという。
「だからねぇ、うれしいよ。誠哉のあの声聞けたら、もうそれだけでいいや」
気が済んだ……そんな顔になって、野球は見ずに、ほんとに静岡に帰って行ってしまった。