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現役名人がコンピューターに負けた。
将棋電王戦が、人間同士と違う部分。 

text by

茂野聡士

茂野聡士Satoshi Shigeno

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2017/04/09 08:00

現役名人がコンピューターに負けた。将棋電王戦が、人間同士と違う部分。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

PONANZAが考えた初手を「電王手一二さん」という名前のマシンが打つと、佐藤名人は天を見上げた。この日一番大きく表情が動いたのはこの瞬間だった。

名人が「見落としていた」と称賛するほどの手筋。

 試合の趨勢を決めたのは中盤から終盤にかけて見せたPONANZAの読みの鋭さ、そして冷徹な手筋だった。実際、試合の趨勢を分けた点について佐藤名人は52手目の△8八歩から、▲7四歩、△同銀、▲7七桂と進んだところに「見落としていた盲点があった」と語っている。

「コンピューター将棋は年を追うごとに洗練されてきています」と会場にいた永瀬拓矢六段、遠山雄亮五段らが異口同音に話した印象だった。例えば21手目から28手目にかけてPONANZAは着々と陣形を整える一方、佐藤名人は歩得をしたものの飛車を何手も動かすことになった。それはまるで、サッカーで攻撃のキーマンが相手のポゼッションに対して“走らされている”光景のようだった。

「形にとらわれない強さ」が可能性を広げる一方で……。

 そんなPONANZAの正確かつ独創的な差し回しは、終盤まで途切れなかった。ふと疑問に思ったのは、棋士が初手をはじめとした新手を実戦で使うことはないのか、ということである。この手から新たな研究をしてみたいという意欲はあるのは間違いない。ただ勝敗次第では自らのプロ生活に大きなダメージを負うかもしれない公式戦で、まだ定型化していない差し回しをするというのは、あまりにリスクが大きい。

 一方、PONANZAは、そういった心理的負担の要素がない。自らが研究に没頭するかのように手を繰り出すことができる。

 だからこそ電王戦第1局という舞台でも、思い切った策を取れてしまう。もし人間だったら「こんな手を指してみようか」と思っても、理性がブレーキをかけるところを、PONANZAはまったく躊躇なくアクセルを踏んでくる。そう見えた。

 名人自身、対局後の記者会見で「形にとらわれない強さがある」、「こんな世界・地平・感覚があるんだ」と表現した通り、PONANZAが将棋の可能性を広げているのは疑いようのない事実だ。その一方で、コンピューターvs.人に感じた少しの違和感は残ったままだった。

【次ページ】 競技を楽しむための要素は「競技性」と「人間模様」。

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