スポーツ百珍BACK NUMBER
現役名人がコンピューターに負けた。
将棋電王戦が、人間同士と違う部分。
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byTakuya Sugiyama
posted2017/04/09 08:00
PONANZAが考えた初手を「電王手一二さん」という名前のマシンが打つと、佐藤名人は天を見上げた。この日一番大きく表情が動いたのはこの瞬間だった。
普通なら“あり得ないだろ、それ”という初手。
その緊張感の中で、先手PONANZAが放った初手。
▲3八金。
念のために説明すると、この手は人間同士の対局ではまず見ない。もっとありていに言えば“あり得ないだろ、それ”というものだ。
しかしこの手を見た瞬間、名人は大きく息をついた。
この手は相居飛車という形が想定される一手で、事前にソフトを研究していた佐藤名人としても想定内ではあったが、厳しい対局を予感させるものだった。
この初手について、棋士はどのように感じ取っていたのだろうか。日光市で大盤解説会に臨んでいた野月浩貴八段も「実は、PONANZAなら指してくる手かなとは思っていました」と言う。
無理を承知でサッカーに例えてもらうと……。
野月八段は地元のコンサドーレ札幌を熱烈に応援するなど、大のサッカー好きと知られる。せっかくなので“この局面、サッカーでたとえられませんか?”との無理難題をぶつけた。それに対して野月八段は「もちろん、少々こじつけの部分はありますけど」と笑みを浮かべながら、こうかみ砕いて説明してくれた。
「例えばバルサで言えば、キックオフ時にイニエスタが“休んでいられる”位置にいるようなイメージでしょうか。でもこれは“数的不利でもボールを回す自信がある”という根拠があるからこその一手なんです。ある程度局面が進んでいくと、結果的にこの3八金が馴染んだ位置取りになっていきます」
PONANZAの非凡さが出たのはこの後である。初手▲3八金、△8四歩、▲7八金と金開きにした以降は奇想天外な手が続くわけではなく、むしろ比較的オーソドックスな、しかし同時に隙のない展開で進んでいった。