プロレスのじかんBACK NUMBER
全人格をさらけ出して戦う内藤哲也。
ついに覚醒した“絶対音感”の男。
posted2015/10/20 18:20
text by
井上崇宏Takahiro Inoue
photograph by
Essei Hara
音程がズレることを「音痴」という。
この音痴、すなわち音程がしっかり取れないメカニズムには、大きく分けて「運動性による音痴」と「感受性による音痴」という2種類が存在するらしい。
「運動性による音痴」とは、本人はしっかりと正しい音程、音階を聞き取ることができているのに、発声する際、咽喉の運動や筋肉の緊張、呼吸の乱れなどを起こして音程がずれてしまうという症状。恥ずかしくて声が出なくなる場合の音痴も、過度の緊張による喉の筋肉の収縮が原因しているもので、このカテゴリーに入る。
そして、もうひとつの「感受性による音痴」。これは本人が正しい音程、音階を聞き取れていない場合に発生する。この症状は、本人が音程がずれていると判断できていないため、矯正は前者に比べ難しいという。
“絶対音感”の内藤が浴びた罵声の意味とは。
思えば、内藤哲也は長らく「感受性によるプロレス音痴」だった。しかも熱唱型。
少年時代からプロレスファン。それも新日本プロレスに限る。「新日本以外のプロレスはプロレスに非ず」という信念のもと、アニマル浜口トレーニングジムで身体を鍛え、2005年の入門テストに合格し、あこがれの新日本プロレス入門を果たす。
才能と努力に加え、熱狂的ファン時代からの“見取り稽古”も功を奏したのだろう。デビュー当時より、記憶に基づいた正確なフォーマットによるプロレスをこなし、高い評価を集める。つまり、運動性という観点からいえば、音痴どころか、むしろ絶対音感の持ち主だった。しかも先に述べたとおりスタイルは熱唱型であるから、一部のファンの琴線には触れた。
しかし、その絶対音感プロレスは、いつまで経っても多数のプロレスファンから高い評価を受けることはなかった。それどころか、いつしかブーイングが飛ぶようになった。「上手いのはわかった。でも欲しいのはそこじゃない」、その種のブーイングだった。プロレス音痴認定だった。
内藤は悩んだことだろう。あこがれの新日本、オレンジのタイツを穿いていた人気絶頂期の武藤敬司のようになりたいと、初期などはコスチュームやファイトスタイル、さらに仕草までをも完コピしてみせたのに、同志たる新日本ファンからはブーイングを浴びてしまう。
同じく武藤プロレスの影響を強く受けていたであろう先輩・棚橋弘至は、日を増すごとにプロレスファンからの支持を集めていく。そして、絶対的エースに。意味がわからない――。