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<特別インタビュー> 小林可夢偉 「ただ一つの道を見据えて」 ~F1シーズン後半戦へ向けて~
text by
今宮雅子Masako Imamiya
photograph byHiroshi Kai
posted2010/08/27 06:00
可夢偉が語るスタート直後の混戦での走り方。
過大な期待は抱かない。速いマシンで勝負したいと願う一方で、そこに到達するにはいま手にしたマシンで可能なかぎりの成績を残すことが唯一の道であることも、だからこそ失敗が許されないことも、小林は十分に認識している。カート時代にはコースインするたびに1コーナーでコースアウトして試行錯誤を繰り返したドライバーが「F1では失敗できない。自分のためにも、成績のためにも」と言う。今までのカテゴリーと違い、最高峰の世界ではすべてが映し出されるから――。チャンスはいつも失敗と表裏一体。それでも、そこに身を置けることが決まったとき、彼は「ここからは自分の仕事ですから」と言い切った。不運やマシントラブルでほとんどレースを戦えないままに終わったシーズン序盤にも、世の中が受けた印象とは異なって、本人には落ち込む理由すら見当たらなかった。
「自分よりもチームの士気を保っていけるかどうかが心配でした。幸い、あの頃は予選で頑張ればみんな元気になれた。予選が遅かったらかなり難しかったと思います。でも、チームが上手く回転し始めた今、大切なのはレース結果=ポイントなんです」
小林可夢偉のレースの特徴は、スタート直後の混戦のなかで必ず順位を上げてくること。そして一旦ポジションが定まれば、最終結果を見据えて勝負すべき相手とタイミングが明確に見えている点にある。給油が禁止され、スタート時のポジションがすべてを左右してしまう今年のレースで、これほどグリッド位置にとらわれず成績を残せるドライバーは稀有な存在だ。
「僕、スタート直後のタイヤが冷えてるときとか、グリップしない状態で走るのは得意ですから(笑)。スタートは絶対に予定通りにはいかないから、決め打ちは通用しない。だからレースの前には“理想のラインはここ”“周りのドライバーがそこにいたら、自分はこう動く”“こっちに行ったらコーナー出口で不利になる”って、いろんなパターンを組み合わせで考えておくんです。コースは変わらないですから。それでスタートの瞬間には空いているところに入っていって、そこからどうするかですよね。ブレーキングで止まれなかったらラインを外れて抜き返されるから、退くべきときには退くことも大切で、それはすぐに判断して」
「今は正直、予選のことはそんなに気にしてない」
一瞬にすべてを思考することは不可能だから、レース前夜の静かな環境のなかで考える。そしてさまざまな作戦が入り乱れるレースでは、目の前のマシンよりも、実際にポジションを争っている相手を見据えて戦う。
「ハンガリーGPの予選ではチームも僕も失敗したし、それはそれでしょうがないな、勉強だと思って生かすしかないな、と思ってました。レースの前には、こうなったらこうしようとか、いろいろミーティングしてたんです。だけど23位からスタートして1周で16位まで上がった時点で、もう作戦も何もなくて(笑)。9位でゴールできるとは思ってなかったけど、セーフティカーが入った後、シューマッハーを抜いたのが本当に大きかったです。(ルーベンス・)バリチェロがレース終盤にスーパーソフトタイヤに交換してくると1周2~3秒は速いペースで追い上げてくることがわかってたから、僕はリードタイムを築くために攻めないといけなくて。あの時点で僕にできるのは、前のバトンにできるだけ近づいて走って、あとは後ろのシューマッハーが離れてくれるのを願うのみ。だけど、彼が離れすぎるとタイヤ交換したバリチェロがその前に入るから、それはそれで困るなあと(笑)。そうなったらどうしようってピットと一緒に計算しながら走ってました。
予選? 軽い燃料で走るときの僕らのクルマのハンディもあるけど、僕自身のドライビングのせいもあるんです。リアが落ち着かないと自分らしい運転ができない。難しいクルマでは1周をきちんとまとめるのが本当に大変で、それはこれからの課題です。もちろん少しでも前のグリッドからスタートしたらポイント獲るのも楽になるけど……。今は正直、予選のことはそんなに気にしてない。いいときはいいし、悪いときには悪いし。23番からスタートして9番に入れるんやったら、関係ないしね(笑)」