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<特別インタビュー> 小林可夢偉 「ただ一つの道を見据えて」 ~F1シーズン後半戦へ向けて~
text by
今宮雅子Masako Imamiya
photograph byHiroshi Kai
posted2010/08/27 06:00
しかし、結果を出したくても出せない苦しみを乗り越えた今、
彼の笑顔にいっさいの澱みはない。
ひとつまたひとつとポイントを積み重ねて、
確かな自信とともに後半戦へと向かっていく。
シーズン中盤、F1の短い夏休みを利用して帰国した小林可夢偉は、一刻も休むことなく日本での活動を続けている。8月4日には、成田に着いたその足で国土交通省の前原誠司大臣や観光庁の溝畑宏長官のもとを訪ね「国を挙げてのF1へのサポート」を訴え、同日夜には多くのメディアを招いてその意見に耳を傾けた。本誌の取材は、その翌日のこと。
「夕べはよく眠れました。今朝は7時に目が覚めたから、トレーニングしてました。本当、びっくりするくらい元気です」
澱みのない笑顔には、スポーツ選手としての自信と同時に、責任を引き受けた者の思慮深さが表れる。本来、自分のことだけを考えれば、時間を割くべきはスポンサー活動であり、自らの休養でもある。多くの取材に応えながら、労力を厭わず国や地方自治体に足を運んで訴えるのは、自分の後の世代へ援助を要請するためである。
「もしも今の自分が(7年前のように)フォーミュラ・トヨタで走っていたら、F1まで来るのは絶対に無理です。さて、どうするか?ってことを考えないと」
トヨタのドライバー育成プログラムに支えられながらヨーロッパの荒波に揉まれてきた小林は、今日のスポーツにおいて国家レベルのサポートがどれほど大切か熟知している。日本最大の企業がF1から撤退する直前、最後の2戦で実力を発揮して今日のザウバーのシートを手に入れたドライバーは、ギリギリのタイミングで与えられたチャンスであったことを痛いほど体感した。多くのスポーツ同様、選手ひとりではチャンスさえ手に入らない。まして、モータースポーツという資金のかかるカテゴリーにおいては。
「逆に日本に何かを吹き込むほうがいいと思います」
経済危機が取り沙汰されても、スペインの町には活気がある。長期計画のスポーツ振興政策によってヨーロッパのスポーツを制覇してきた国では、W杯優勝の前にもラファエル・ナダルがローランギャロスとウィンブルドンを制し、サッカーの後にはアルベルト・コンタドールが自転車のツール・ド・フランスで連覇を飾った。不動産バブルが崩壊した後も、スポーツによって“国の元気”が維持されている事実は貴重だ。率いてきたのは母国にF1文化を浸透させたフェルナンド・アロンソであり、スペインサッカーである。
'04年、17歳でイタリアに渡って「信じられないくらいの田舎」で自炊と洗濯を学んだ小林には、F1ドライバーとなった今も、日本から出て行って“世界で頑張るぞ”という気負いはない。淡々とした口調で「逆に日本に何かを吹き込むほうがいいと思います」と言う。真のコスモポリタン世代の、スポーツ選手の言葉である。