野球善哉BACK NUMBER
大谷翔平は次世代の野茂になれるか。
高卒即MLB行きで日本球界が変わる!?
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byKyodo News
posted2012/10/22 12:30
記者会見でメジャー挑戦を表明した大谷。隣に立つのは父親の大谷徹氏。過去に例のない挑戦を支えるためには、家族や学校など周辺の協力も必須となるだろう。
「誰もやったことないことをやりたかった」
大谷が野茂に憧れるのは、あくなき挑戦心があるからだ。
再び、大谷の言葉をつなぐ。
「160キロのストレートを投げることを目指したのも、そもそも、誰もやったことないことをやりたかった。160キロを目指すっていったら、誰も信じないと思うんですけど、出す人が一人現れたら、みんな、そこを目指すようになる。野球のレベルってそうやってあがっていくんだと思います。目標のレベルが高くなれば、野球のレベルは高くなる。野茂さんがメジャーで成功されてそうなったと思いますし、ダルビッシュさんも1年目から結果を出されて、日本の野球のレベルをあげてくださった。僕も、そういう選手になりたいんです」
誰もやらなかったことをやりたい――。
この言葉に、彼の真の野心がある。
'90年代半ば、野球人気の急落を救ったのは……野茂だった。
大谷のメジャー挑戦の噂が盛り上がるにつれ、特に考えさせられたのは、彼個人の想いの、さらにその先にある本質的なテーマだ。
花巻東の先輩である菊池雄星(西武)がメジャー挑戦を断念した3年前。日本球界はこぞって、彼の野心が日本の野球にとって影を落とすものになると見なしていた。
高校球界トップクラスの逸材が日本のプロ野球を経ずにアメリカへ渡ることは、日本球界の未来にとってマイナスだという見方だ。事実、そうした報道も多かったし、彼の所属していた花巻東へのバッシングも多かった。
結局、菊池雄星は日本に残り、表面上では日本球界の衰退は避けられたかもしれない。しかし、本質を見ていくと実は、そうとは言い切れないのではないか……。
野茂の大フィーバーを思い出してもらいたい。
'90年代半ばはどんな時代だったかと言うと、'93年にJリーグが開幕し、プロ野球はその人気を急落させていた時期だった。そんな時代にあって、全米を舞台にしての野茂の大活躍は、日本野球の素晴らしさとレベルの高さを示し、多くの日本人に再び誇りをもたらしてくれた。実際、日本国内においても野球人気再燃のきっかけにもなった。
その後、日本人メジャーリーガーが続々と誕生する嚆矢となり、イチロー、松井、松坂らを目標とする高校球児や野球少年も急激に増えたのである。すべては、野茂の活躍が始まりだったのだ。