プレミアリーグの時間BACK NUMBER
資産価値“世界一”となったマンU。
株式公開で資金を集める裏事情。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byAP/AFLO
posted2012/08/16 10:30
オールド・トラッフォードでのマンチェスター・ダービーを視察する、アブラム(左)とブライアン(右)のグレイザー兄弟。彼らの一家はNFLのタンパベイ・バッカニアーズも所有している。
イングランドのクラブオーナーと言えば、地元クラブのサポーターとして育った地元富豪の夢。だが、その夢が現実的だったのは、一昔前までの話だ。今や、桁違いの資金力を持つ、世界規模の富豪によるクラブ買収が増える一方の時代である。
この事実を考えれば、7月に発表された、マンチェスター・ユナイテッドの新規株式公開は吉報と聞こえる。一般購入対象の株式数は発行済み総数の1割でしかないにしても、マンUファンの投資家が『MANU』銘柄を手にすれば、「我がクラブ」と実感できる貴重な手段となる。
ニューヨーク市場での上場に向けた宣伝文句によれば、マンUの“フォロワー”は全世界に6億5900万人。その大半を占める海外在住のファン、つまり、クラブの本拠、オールド・トラッフォードに足を運べない遠方の「信者」にとっては、特に魅力的だろう。株主となれば、より一層のプライドを胸にテレビ観戦に臨めるというものだ。
しかし、同時に今回の動きは、クラブへの愛着よりも金銭への執着が目立つ昨今のオーナー事情を改めて示す凶報とも受け取れる。
マンUのアメリカ人オーナーであるグレイザー家には、以前にも、香港とシンガポールでの株式上場を検討した経緯がある。資金調達手段としての株式販売そのものに問題はないが、クラブの更なる発展ではなく、オーナーが抱える借金苦の軽減が主目的となると話は別だ。
買収される前は、強くて負債無しの模範的ビッグクラブだった。
一家の主であるマルコム・グレイザーによるクラブ買収は、2005年5月のこと。当時のマンUは、リーグ優勝争いの常連にして負債なしという、模範的なビッグクラブだった。進行中だった7万人規模へのスタジアム増築も、自力で賄える金銭的な体力を備えていた。ところが、オーナー交代と同時に、クラブには、異国の実業家が買収の元手とした5億2500万ポンド(約650億円)ものローンという負債が生まれた。
それから7年後の現在でも、2度のローン借り直しに伴う巨額の銀行手数料発生などもあり、マンUには500億円台の負債が残されている。
既に会計報告がなされている2010-11シーズン、クラブは、総収入3億3410万ポンド(約410億円)を計上する一方、利子だけで5130万ポンド(約63億円)もの金額を借入金返済に割いている。今春には、『フォーブス』誌によるスポーツチーム長者番付において、資産価値14億ポンド(約1730億円)で世界一にランクされたが、リッチなイメージは表面的と言わざるを得ない。
極端な言い方をすれば、クラブに借金を背負わせただけでは気が済まないオーナーは、次なる手段として、株式販売で外部の人間に借金返済を押し付けようとしているようなものだ。ロンドンではなく、海外での上場に拘っているのも、グレイザー政権下でのクラブ財政に悲観的な国内とは違い、マンUブランドに飢えている国外であれば、強気な株価設定が可能と踏んでのことだろう。