プレミアリーグの時間BACK NUMBER
資産価値“世界一”となったマンU。
株式公開で資金を集める裏事情。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byAP/AFLO
posted2012/08/16 10:30
オールド・トラッフォードでのマンチェスター・ダービーを視察する、アブラム(左)とブライアン(右)のグレイザー兄弟。彼らの一家はNFLのタンパベイ・バッカニアーズも所有している。
なぜファーガソンは強欲なオーナーに文句を言わない?
たしかに、ファーガソンは若手登用に積極的な指揮官ではあるが、過去には、エリック・カントナ、ピーター・シュマイケル、ルート・ファンニステルローイのように、実力の確かな新戦力を加えながら、世代交代を成功させてきた。ところが、グレイザーの下では、クリスティアーノ・ロナウドのレアル・マドリー移籍('09年)で8000万ポンド(約98億円)もの移籍金収入を得ても、いわゆる大物には手を出していない。トッテナムからのディミタール・ベルバトフ獲得('08年)はあったが、ワールドクラスの即戦力には手が出せない懐事情なのだろう。
昨季のマンUは、国内では、地元の宿敵、マンチェスター・シティとのリーグ優勝争いに敗れ、欧州ではグループステージでCLから姿を消してメジャータイトルでは無冠に終わった。オーナー交代後の補強予算不足が、結果に直結した初の例と言えるかもしれない。強化の必要性が指摘されて久しいセントラルMFは、引退から復帰した37歳のポール・スコールズに頼らなければならなかった。
雪辱を期すための今夏の補強にしても、将来性も豊かな香川真司とニック・パウエルの両MFを早々に獲得したものの、同じく指揮官が目を付けていたエデン・アザールとルーカス・モウラの有望株2名は、価格競争で、それぞれチェルシーとPSGに敗れている。
それでもファーガソンは、「移籍市場には適正価格というものがある」として、クラブの補強姿勢を正当化し、「リーグ王座を奪い返してみせる」と豪語している。もちろん、株式公開に関しても、「私が売却益の恩恵を受けるという噂は事実無根」とした上で、オーナーの決定を支持。財布の紐を握る人物に楯突いても得るものはなく、そのオーナーが生み出した負債が減らなければ、補強予算の大幅増はあり得ない。株式収入の半額分でも、負債額減少は歓迎すべきという理解があればこその辛抱に違いない。
ケイマン諸島を経てばら撒かれる「マンU」という名の“投資銘柄”。
株式上場に伴い、グレイザー家が、クラブ所有目的で租税回避地の米国デラウェア州で設立していたレッド・フットボール社の傘下には、やはり租税回避地として知られるケイマン諸島で新たに登記されるマンチェスター・ユナイテッド・リミテッド社の他、5つの持ち株会社と複数の子会社が存在する格好となる。見かけ上、マンUはグレイザー家が富を築くための歯車の1つにすぎない。
しかしながら、そのマンUという歯車には、株式市場でオーナーが目論む最大限の資金調達を実現すべく、プレミアリーグ最高の「銘柄」としてフル回転が求められる。
今後は、株主としてもお金を貢ぐ者が現れるであろうファンが、クラブに求めるものは、何よりもピッチ上での成果だ。これは、いつの時代も変らない。イングランド史上最高のトップリーグ優勝19回を誇る名門が、フロリダ州在住の米国人の手に渡り、その実子に支配権を握られ、ニューヨークでの株式市場公開に際し、ケイマン諸島経由で投資を募る時代になっても。