濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
神が望んだドロー。~石川直生と前田尚紀、終わらないライバル物語~
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byTakao Masaki
posted2009/07/04 06:00
両者ともに1979年生まれで今年30歳。戦績は石川が28勝(14KO)13敗4分、前田が28勝(18KO)13敗3分と拮抗。まさに因縁のライバルである。
6月21日の後楽園ホール大会は、業界屈指の老舗団体である全日本キックボクシング連盟にとって不本意な節目となってしまった。大会の翌日に金田敏男会長が偽装結婚の容疑で逮捕され、7月24日の次回大会を新体制で臨むことになったのだ。信頼の回復、新スポンサーの獲得など、新生・全日本キックは険しい道のりを歩むことになるだろう。
だが、今後の全日本キックに対する期待感は、決して低くない。これまでも、ファンを魅了してきたのはレベルの高い選手たちであり、現場を取り仕切ってきた宮田充興行部長(金田容疑者の会長解任を受けて代表代行に就任)と小林聡GMのプロデュース手腕だったからだ。
裏切られなかった期待。
旧体制最後の大会、そのメインイベントは、王者・石川直生に前田尚紀が挑む全日本スーパーフェザー級タイトルマッチだった。過去の対戦成績は1勝1敗、看板選手同士の潰し合いである。凡庸なプロモーターなら避けてしまいそうなほどリスクの大きい勝負。だからこそファンは見たがった。超満員の観衆は、誰もが公開練習における石川の言葉に同意していたはずだ。「凡戦になることは絶対にありえない。後楽園ホールに棲む神様が降りてくる試合になりますよ」。
序盤から、試合をコントロールしたのはチャンピオンだった。遠い間合いから蹴りを叩き込み、接近戦では組みついてのヒジ打ち、ヒザ蹴りを連打していく。「退屈」、「分かりにくい」といったイメージのある組みついての攻撃だが、石川のそれは例外だ。相手の体勢を巧みに崩し、上体を固めて身動きを取れなくさせるテクニックは充分すぎるほど見応えがある。一瞬で試合を終わらせる“殺傷力”を持つヒジ打ちはスリリングこの上ない。石川は、並の選手なら退屈に思わせてしまう場面で観客の目を引きつけてみせるのだ。
一方の前田も、見る者の期待を裏切らなかった。ヒジ、ヒザを浴びながら決定的な一打は許さず、愚直にパンチで前進していく。信じられないほどの粘りで試合終盤に逆転勝ちする前田の姿を、ファンはこれまでに何度も見てきた。それだけに、どれだけ劣勢に立たされても「いつ試合をひっくり返してもおかしくない」という予感が続くのだ。
その予感は、最終5ラウンドに現実になった。石川が一瞬、動きを止めたところにパンチがヒット。前田はそこからノンストップの連打を爆発させた。常識では考えられない、しかし期待どおりの形勢逆転である。場内のテンションも異様なまでに上昇していき――しかし、試合終了のゴングに阻まれた。
エンドマークは記されなかった。
ジャッジの判定は、ドローだった。どちらも持ち味を出したが出し切ることはできず、お互いほんの少しだけ、勝利に届かなかった。ライバルストーリーに、エンドマークは記されなかった。それが、石川の言う“後楽園ホールに棲む神”の判断だったのだろう。そのおかげで、苦難の再出発を果たす全日本キックに、石川と前田の決着戦という黄金カードが残された。この“天の配剤”が、新体制への期待感をさらに高めてくれるのだ。