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「野球王国」四国の残念な実態。
~四国から消えた「全力疾走」~ 

text by

小関順二

小関順二Junji Koseki

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photograph byAkane Ohara

posted2009/06/06 06:00

「野球王国」四国の残念な実態。~四国から消えた「全力疾走」~<Number Web> photograph by Akane Ohara

四国出身(高知・明徳義塾)の巨漢(171センチ、115キロ)でも全力疾走を貫く亜細亜大主将・中田亮二一塁手。10月29日のドラフト会議では上位指名が予想されている

「全力疾走」こそ四国野球の魅力だが……。

 四国の野球は僕の守備範囲にもかかわってくる。つまり「全力疾走」である。全力疾走を初めて優先順位のトップに置き実践したのが高知・土佐高校で、その発案者である籠尾良雄元監督の自宅には「ひたぶる全力疾走 純白の土佐とわに輝け」と書かれた自筆の書が掲げられているという。

 土佐高・篭尾良雄氏が全力疾走を全国に定着させた功労者であることに疑いの余地はない。しかし、全力疾走発祥の地だから四国の球児が他地域より全力疾走に熱心かというとそんなことはなく、むしろ現在では他地域より走らない。

 06年春、夏、07年春、夏、08年春、夏、09年春までの甲子園7大会を振り返り、四国球児がいかに走らなくなったかを検証していく。なお、全力疾走の目安は打者走者の各塁到達タイムで、具体的には「一塁到達4.29秒未満、二塁到達8.29秒未満、三塁到達12.29秒未満」である。それを1試合何人(何回)が記録したかのおおよその試合を見ていこう(カッコ内は相手校とその全力疾走した人数)。

データ表

 四国勢の不真面目な走塁に唖然とした方もあるのではないか。それは成績に反映し、7大会の通算成績は15勝22敗、勝率.405という低迷ぶりである。四国は僕の母方の祖母が徳島・池田町(現三好市)の出身なので憎いはずがなく、むしろ心情的には応援している。しかし、これほど露骨に全力疾走を放棄し、土佐高や正岡子規の創意・工夫を台無しにしているのを見れば放っておくわけにはいかない。これは選手というより指導者の問題である。野球後進県だった沖縄がなぜ全国的な強豪県になったのか、一度研修旅行に行くことを勧めたい。

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