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未完の完全試合。 山井大介“決断”の理由
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byToshiya Kondo
posted2008/04/03 17:03
1回の表は13球で片づけた。四球はゼロ。文句のない立ち上がりだ。2回にはふたつの三振を奪った。上々だ。2回の裏、味方がダルビッシュから先制点をあげる。
「考えていたよりも早く取ってもらった。これで自分が点を取られても、1点までなら許される。ただ、逆転されるのはいやだな」
試合の流れは冷静につかめていた。
ただ、自分では気づいていないこともあった。ほとんどの打者の初球がストライクになっていたこと。6回を終えた時点で、1回の田中賢介と、3回の金子誠以外の打者はすべて初球にストライクを取っていた。3ボールになったのも一度しかない。ストライク先行で早く追い込み、相手を打ち取っていた。
「初球は絶対にストライクでという意識はなかったし、そうなっているとも気づいていなかった。漠然と有利なカウントで進んでいるな、いいテンポで行っているなという感触はあったんですが」
いわゆる「乗っている」感じである。
「でもそれは自分だけで作ったものじゃなかった。味方のファインプレーの力が大きかったですね。2回の(中村)ノリさんのファインプレー、4回の荒木(雅博)さんのすごい守り。特に荒木さんのファインプレーは回の先頭で、打者は森本だから、出塁されていたらきつかった。それをすごい守りでさばいてくれたんで、乗っていけました」
イニングが進むにつれてひじの張りが出てきていたし、マメもできていた。フィジカルなコンディションは良好ではなかったが、それが気になることは一切なかった。
山井の武器はスライダーである。その切れが生命線だ。切れているかどうかは、自分の感触よりも、相手の振りで判断する。
「打者がタイミングをはずされたり、芯を外したりしているのを見て、今日のスライダーは切れていると思いました」
テンポよし。気持ちは充実し、武器の切れ味も十分だ。試合も依然リードしたままだ。
「6回まで行ければいいと思っていました。その時点で勝っていたら、あとはリリーフの人に任せればいいと」
だがいつも、そう考えるわけではない。ペナントレース中なら、リードしていて、自分は無失点で抑えていたなら、マウンドを譲る気にはならない。この日は日本シリーズで、しかも勝てば優勝が決まる試合。そのことが山井の重心を、自分の勝ち星よりもチームの勝利のほうに大きく傾けさせていたのだ。
リードを保っているのだから、無失点に抑えていたことは当然承知していた。6回のマウンドに向かうとき、森コーチから注意があった。
「走者がひとりも出ていないので、もし出たら、セットポジションでのバランスが悪くなる危険性がある。だからセットでの投球練習を多くしろって。いつもマウンドでの投球練習は5球のうち1球だけセットで投げるんですが、6回は5球のうち3球をセットで投げました」
おそらく森は、さりげなくセットポジションの注意をするように装って、完全試合が進行中であることを伝えたのだろう。山井も知っていたが、正視はしないようにしていた。チームメイトもひとことも触れない。かえってそれが山井には完全試合を意識しているようにも感じられた。腹芸の沈黙を、森コーチは破った。普通の試合ではない。日本一のかかった試合だぞ。完全試合に意識を奪われ、勝つことがおろそかになってはいけない。そんな気持ちがあったのではないか。