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藤井聡太七冠堅守のウラで永瀬拓矢、佐々木勇気、伊藤匠の「万全の準備と研究」に“じつは窮地だった”…なぜAI最善手でなくても逆転できたか 

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中村太地

中村太地Taichi Nakamura

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posted2024/12/29 06:04

藤井聡太七冠堅守のウラで永瀬拓矢、佐々木勇気、伊藤匠の「万全の準備と研究」に“じつは窮地だった”…なぜAI最善手でなくても逆転できたか<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

七冠を保持する22歳の藤井聡太。しかしその防衛ロードをあらためてたどると、じつは険しい道のりだった

 その瞬間においては、藤井竜王が選んだ「△7四歩」はAI的にはいい手ではないのかもしれません。しかし勝利に結びついているのなら、特大の価値を持ちます。

 形勢が大きく変わったのがそこから3手後、佐々木八段が9筋の端に角を打った71手目でした。局面を言語化すると「一気に倒しに行くか、少しの有利を保つか」いずれかの方針を決めるのが、すごく悩ましい局面だったんです。

 AIが最善と示したのは、前述した7四歩を馬で取る手。これは後者の方針にあたるのですが、その後の展開が人間的には非常に指しづらい。だから端角を打った決断も同じ棋士として手に取るようにわかる一方で、71手目後の評価値は「佐々木65%:藤井35%→佐々木45%:藤井55%」となった。対局する棋士には見えない世界線ですが、非常に残酷なものだなと感じるばかりです。

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 佐々木八段としてみれば研究を積み重ねただけに……最善手は当然、脳内に浮かんでいたはず。ただその一方で〈研究の功罪〉とも言えるのですが、すごく深くまで研究を突き詰めると、その段階で端筋の角という選択肢は見つけていたはず。それを指すことで上手く展開が進む変化も〈やりたい手の1つ〉として脳内にインプットされた。その残像が実戦で現れてしまった、と表現するのが近いのかもしれません。

人間の機微…ではなぜ伊藤匠は“八冠崩し”ができたか

 藤井七冠が時に繰り出す、「AIには指せない勝負手」は見る者に大きなインパクトを残します。それはAIの領域とはまた違う、人間同士の機微がある醍醐味なのです。

 それだけの勝負強さを誇る藤井七冠が、2024年に入って初めてタイトル戦で敗退し、八冠独占も崩されました。その立役者となったのが同学年の伊藤叡王です。永瀬九段、佐々木八段と同じく凄まじい深さの研究量を誇りますが――伊藤叡王に驚かされたことがあります。藤井七冠に対して力将棋を挑んで、勝ち切っている対局が多いのです。〈つづく〉

#4に続く
「藤井将棋には凡局がない」八冠でも勝率.830でもなく…藤井聡太プロ8年“最大の才能”「ライバルの成長と物語もです」A級棋士・中村太地が語る

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