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「藤井将棋には凡局がない」八冠でも勝率.830でもなく…藤井聡太プロ8年“最大の才能”「ライバルの成長と物語もです」A級棋士・中村太地が語る
posted2024/12/29 06:05
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph by
Nanae Suzuki
伊藤叡王が“藤井相手に後手番で3勝”を挙げた衝撃
藤井聡太竜王・名人(以下、藤井七冠もしくは各棋戦の称号)が2024年、初めてタイトル戦で敗退を喫しました。とはいえタイトル連続獲得「22期」は歴代トップ。あらためてすさまじい記録であると畏敬の念を持つとともに、藤井七冠と同じ2002年生まれである伊藤匠叡王の急成長にも、同じ棋士として目を見張るものがありました。
興味深いのは2024年、藤井七冠相手に〈後手番で3勝〉を挙げている点です。
叡王戦第3局と第5局に加えて、12月15日に行われた「SUNTORY将棋オールスター東西対抗戦」でのこと。私は東軍の解説として出席しました。そこで藤井七冠と伊藤叡王の再戦が実現したのですが、序盤の段階で伊藤叡王が若干不利になっていた中で、形勢をひっくり返して勝利をものにしました。
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この対局は1手30秒未満の超早指し将棋なので形勢が変わりやすいとはいえ、これだけ後手番で勝てている。さらに言えば、叡王戦を含めて藤井七冠に対して力勝負を挑んだ上で、ねじ伏せて逆転勝ちを収めている。少し専門的に言えば右玉のような形や、盤面がゴチャゴチャした戦い方など、他の棋士が選んで勝てなかったところで力を発揮しているのです。
なぜ藤井七冠相手にそんな勝ち方ができるのか
なぜ藤井七冠相手にそんな勝ち方ができるのか――理由を解明するのは正直に言って難解なのですが――伊藤叡王という棋士の特徴が出ているのは間違いありません。
伊藤叡王は最新型をすべて把握されているかのような研究家である一方で、終盤での読みの力は藤井竜王・名人に引けを取らない能力を持っています。例えばSUNTORY将棋オールスター東西対抗戦の東軍トークショーで、2025年の目標として「詰将棋解答選手権に出てみたい」と挙げていたのは、ユーモアを交えつつその才能の一端があるから、と言えるでしょう。ただ続く西軍トークショーで藤井七冠が「詰将棋解答選手権で伊藤叡王の優勝を阻止したいです」と応じていましたが(笑)。
冗談はさておき、伊藤叡王の将棋に対するひたむきさは不変である一方で、以前はとても物静かな印象がありました。