進取の将棋BACK NUMBER
藤井聡太七冠堅守のウラで永瀬拓矢、佐々木勇気、伊藤匠の「万全の準備と研究」に“じつは窮地だった”…なぜAI最善手でなくても逆転できたか
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byNanae Suzuki
posted2024/12/29 06:04
七冠を保持する22歳の藤井聡太。しかしその防衛ロードをあらためてたどると、じつは険しい道のりだった
佐々木八段はもともと終盤型でしたが、近年は独自研究によって序盤戦でリードを奪って勝利をものにするパターンが増えています。今期竜王戦や順位戦A級など爆発的活躍を見せている要因だと感じます。これは永瀬拓矢九段や伊藤匠叡王もそうなのですが、実際に盤を挟んだり棋譜を見ていると、彼らは棋譜上に現れない〈水面下の変化〉すら全部把握しているのだろうなと感じます。
普通であれば事前研究の段階で枝分かれが多く、研究ではなく力勝負だなと打ち切ってしまうところを、もう1段階、いや2、3段階深く掘り下げている。本局もABEMAが示す評価値で少しずつ佐々木八段に振れはじめ、本人も有利にできそうという感覚があったのではないでしょうか。
しかし、藤井竜王が134分の大長考の末に指した「△7四歩」の一手が、結果的に相手を間違えさせることにつながりました。もちろん藤井竜王は読みを入れたうえでこの一手を指した一方で、意図的に間違いを誘発させるものではなかったと推測します。ただそれが勝利を手繰り寄せる手順となる辺りが、やはり勝負強いなと感じる理由なのです。
AIが指さない理由は、評価値が下がってしまうから
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強調したいのは、「△7四歩」が、コンピューター将棋の世界観であれば絶対に指さない手だというものです。
それはなぜか。シンプルな理由ですが「評価値が下がってしまうから」。実際、この一手を指した際にABEMA中継の示した評価値は「佐々木51%:藤井49%→佐々木59%:藤井41%(※左側が先手)」と変化しています。
AI同士の対局では、最善手を常に指し続けるという前提があります。逆に言えば全部が分かりすぎているがゆえに「悪い手を指すことができず、人間的な勝負術を使うことができない」という状況が発生します。よく水平線効果と表現するのですが、負けを先延ばしにしようとして手数だけが伸びて、勝負所を失う。いわゆる「ジリ貧」の状況に陥ることがあるんです。
藤井竜王が選んだ手はAI的には最善ではないにしても
ただ人間同士の対局では――すべてが最善で進行するわけではない。