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藤井聡太七冠堅守のウラで永瀬拓矢、佐々木勇気、伊藤匠の「万全の準備と研究」に“じつは窮地だった”…なぜAI最善手でなくても逆転できたか

posted2024/12/29 06:04

 
藤井聡太七冠堅守のウラで永瀬拓矢、佐々木勇気、伊藤匠の「万全の準備と研究」に“じつは窮地だった”…なぜAI最善手でなくても逆転できたか<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

七冠を保持する22歳の藤井聡太。しかしその防衛ロードをあらためてたどると、じつは険しい道のりだった

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中村太地

中村太地Taichi Nakamura

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Nanae Suzuki

藤井聡太竜王・名人(王位、王座、棋王、王将、棋聖と合わせて七冠=22)がタイトル防衛劇を果たす一方で、伊藤匠叡王(22)が八冠独占を崩すなど、2024年の将棋界は新たな勢力図が生まれている。順位戦最高峰のA級に在籍し、王座1期の経験を持つ中村太地八段に藤井将棋と棋界のこの1年を振り返ってもらった。〈全4回の3回目〉

藤井将棋を追い詰めたライバルの“準備と工夫”

 藤井聡太竜王・名人(以下、藤井七冠もしくは各棋戦の称号)は2024年、序盤から最新型での最善を追求するだけでなく、新たな可能性のある戦型選択を模索しています。その開拓へと向かう原動力となっているのは、対局を積み重ねる中で生まれた危機感にあると推測します。世間一般からすると、藤井竜王・名人が常に勝利して結果を出している印象かもしれません。

 しかし、じつは……対局を詳細に振り返ってみると、対局した棋士たちが万全の準備かつ戦い方を工夫して、藤井竜王・名人を追い詰めていたんです。

 それをあらためて感じたのは、第2回で取り上げた王座戦の永瀬拓矢九段とともに――10月から12月にかけて行われた竜王戦、佐々木勇気八段との全6局でした。このシリーズを簡単に振り返ると、第3局の角交換型振り飛車を筆頭に角換わり、雁木、矢倉、相掛かりと色々な戦型が出てくる中で、第5局まですべて先手番が勝利していました。この要因として、先手番の質が非常に高く、そして数年前に比べて序盤戦が非常に確立されているという面もあるのかなと思います。

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 担当した第6局2日目のABEMA解説でも少し触れましたが、スポーツでたとえればテニスを思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。先手番の棋士はサーブ権を持っていて、後手番に比べて1回多く攻撃できます。端的に言えば序盤から優位性を作り、キープし続けてきた展開でした。そこで唯一ともいえるブレークチャンスが藤井竜王に回ってきたのが、第6局だったのです。

“佐々木やや優位”を覆す契機は134分の大長考に

 藤井竜王から見て3勝2敗、佐々木八段は後がない状況に立たされる中で、渾身の研究将棋をぶつけてきました。相掛かりという戦型の最新型で、終盤戦まで両者が研究を深めて認識していた印象です。基本的には持ち時間を使わず、手が止まらないで指している状況は、研究範囲内となります。でも両者は実戦例がないところすら永遠に手が止まらず、1日目にしてどこまで進んでしまうのか……もしこの日のうちに形勢が大きく傾いてしまったら、私の2日目解説は必要なのだろうか、とよぎるほどの高速展開でした(笑)。

 特に佐々木八段から今期竜王戦に懸ける思いをひしひしと感じ取りました。

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