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前田日明もビックリ「この子がWWEに?」小さな体で手にした女子プロレス大賞…Sareeeが明かす“14歳の原点”「浜口京子さんが教えてくれた」
posted2024/12/11 17:00

2024年の「女子プロレス大賞」を受賞したSareee(28歳)。フリーとして多くのリングで活躍し、マリーゴールドのワールド王座を保持している
text by

原悦生Essei Hara
photograph by
Essei Hara
風の少し強い日だった。プロレスラー・Sareeeは赤い大きめのウインドブレーカーを手に姿を見せた。背中には「Antonio Inoki」の文字が入っている。
アントニオ猪木が亡くなってから、Sareeeは「猪木展」などの猪木がらみのイベントに藤波辰爾や藤原喜明といったレジェンド・レスラーたちと共に姿を見せることが多い。だが、最初の頃は「Sareeeは関係ないだろう」「なんでSareeeなの?」といった猪木ファンからの声を耳にした。それが最近では、「Sareeeに猪木を感じることができる」に変わってきた。
「(猪木展では)写真だけで伝わってくる猪木さんの眼力、殺気に、一気に引き込まれる。行くたびにパワーをもらっています」
Sareeeがアントニオ猪木に出逢った日
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そんなSareeeが猪木と初めて出逢ったのは9年前だ。2015年12月、それもスリランカという意外な国だった。いつでも旅人の猪木がスリランカにいるのは不思議ではないが、Sareeeがそこに居合わせたのには運命的なものを感じる。WBO女子ボクシング世界戦にあわせて、スリランカで初めての女子プロレスの試合がコロンボで組まれた。4本ロープのリングだった。その当時、ディアナに所属していたSareeeは高橋奈七永と試合をした。そのリングサイドにゲストとして招待されていた猪木がいた。
試合前に「Sareeeです」と一礼して挨拶をしただけだったが、初めて見た猪木にオーラを感じて「すごく大きい人だなあ」と思ったという。「猪木さん、怖かった?」と聞いてみたが、「なにかされているわけじゃないので、怖くはありませんでした」とSareeeは笑った。昔のレスラーは一様に「猪木さんは怖かった」と言うが、晩年の猪木は初対面の相手にもやさしさを感じさせるようになっていたからだろう。
この時の映像を確認した。猪木はリングサイドから試合を見ていた。その視線は鋭かった。リングは猪木が1978年にドイツでローラン・ボックと試合をして肩を痛めた時のリングより硬かったかもしれない。
「ロープの張りは緩く、リングもすごく硬かったです。でも、私はどんなリングでも戦います」
Sareeeはこれでもかと言うほどドロップキックを連発した。低いドロップキックも、コーナーからのドロップキックも繰り出した。「Too Many Dropkicks!」と実況アナウンサーが叫んでいる。ボクシングを見にきたスリランカの観客にどれだけアピールできるか、そんな試合だった。結果的にSareeeは高橋にコーナーからのダイブで圧殺された。
ミャンマーにラウェイという激しい格闘技がある。素手にバンデージを巻いただけで殴り合うもので、禁止事項はほとんどない。事実上の“何でもあり”だ。この日のリングではそんな試合も行われていた。高橋に敗れはしたものの、Sareeeはいい経験をした。