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羽生善治は藤井聡太に質問し続けた…『いまだ成らず 羽生善治の譜』で鈴木忠平は何を描いたのか?「負けました、がすごく響いて」記者・森合正範が問う
 

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NumberWeb編集部

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posted2024/10/10 17:01

羽生善治は藤井聡太に質問し続けた…『いまだ成らず 羽生善治の譜』で鈴木忠平は何を描いたのか?「負けました、がすごく響いて」記者・森合正範が問う<Number Web> photograph by Wataru Sato

『いまだ成らず 羽生善治の譜』の著者・鈴木忠平氏に森合正範氏がインタビューした

鈴木 最初は別物という感じはなかったんです。全く知らないところに足を踏み入れるという感覚はなくて。というのは、自分は新聞記者を辞めて、「Number」編集部に3年いたんですけど、そのときに野球だけじゃなくて、いろんな競技を取材させてもらった。ときには、清原さんと関係ないだんじり祭の話を「Number」に書いたりした。そういう経験はあったので、ルール、競技は違えど、基本的には人間を書くんだという意識で入っていきました。ただ、実際やってみて思ったのは、身体表現、動き、あとは場面転換。野球の場合はイニングが変わりますし、いろんな場所があるんですね。ブルペンがあったり、バッターボックスがあって、マウンドがあって、人数がいて、ベンチもあっていろんなシーンを書く場所があるんです。でも、将棋って対局室、かろうじてあるとすれば、2日制の封じ手の後の夜をどう過ごしたかというところぐらい。もちろん内面に渦巻いてるものは、たくさんあるんですけど、場面をどう書くのかがすごく難しかったですね。

森合 私はその場面が野球のように多くないからこそ、最後に出てくる「負けました」という言葉がすごく響いて。残酷であり、だけど、自分から言う美しさ。いつも最後に「負けました」と忠平さんはあえて書いていたのかなと思うぐらい、終わりを告げるシーンとして、カギカッコで出てきて、それがすごく印象に残ってるんです。

鈴木 森合さんがおっしゃるように、「負けました」は 重複のカギカッコで、技術として、読みやすさのために省かないといけない。唯一本当に省かなかったもので、あえて「負けました」は書こうと思って。 ボクシングもそうですけど、他の競技って、最後の瞬間は、自分以外の何かが勝敗を決してくれるじゃないですか。もちろん、 ダウンしてもう駄目だから立たずにおこうということあるかもしれないけど、結局はテンカウントだったり、レフリーだったり、採点だったりするわけですよね。だけど将棋は負けた方が、終わりを告げるんですよ。そんな競技に僕初めて出会ったので、森合さんがおっしゃったように、そこに過酷さを感じて、だからそのカギカッコはそれを伝えるために。

“その場にいた記者の視点”で書く

森合 あれがいつも響いて、自分はギュッとなったんですよね。だからあえて書かれているのかなと思ってたんですけど、やっぱりそうなんですね。負けでも、いろんな負け方があって、私は第一章の米長邦雄さんが名人戦で敗れた打ち上げの時、羽生さんに歩み寄る描写がすごく胸にくるものがあったんです。あそこは、どのように感じました?

鈴木 僕が今回、書いた場面は、ほとんど自分が獲得したシーンじゃないんです。記者として、そこにいたわけではない。あの米長さんの場面も、そこにいた記者の方の視点で書いているんです。普通、負けた後の打ち上げでは敗者は乾杯の席にちょっと立ち会うだけで、あとはもう早めに帰路につくという暗黙の了解があるらしいんです。でも、あの場面で米長さんが万歳をする、お酒を次に渡す。そこは稀有な敗者の姿だったというのを聞いて。その時の米長さんの気持ちは、推測ですけど、藤井聡太さんと羽生さんが、ちょうどこの連載の取材をしたときに、32歳差でタイトル戦やったんですよ。今現在の羽生さんの感覚と何か通じるものがあるんじゃないかなと米長さんの万歳を想像したりして。実際、羽生さんが藤井さんとタイトル戦をやる第一局の前日の会見には、自分も出席できたんですけど、羽生さんがすごく何か嬉しそうに、藤井さんについても、昔の米長さんとの初めての名人戦についても語っていらして、自分の推測はひょっとしたら、と思いましたね。

【次ページ】 競技そのものでなく、人間を書く

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