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<ライター必読>「井上尚弥が負けたら、この本は成立しない」森合正範『怪物に出会った日』と鈴木忠平『嫌われた監督』が明かす“書くことの恐怖”
posted2024/10/10 17:02
text by
NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph by
Wataru Sato
第3ラウンド・前編では、鈴木さんと森合さんが「書くことの怖さ、難しさ」について縦横無尽に語り合った。《全4回の第3回/第4回へ》
◆第3ラウンド 鈴木忠平×森合正範対談・前編
――第3ラウンドは、「NumberPREMIRE」担当ディレクターの涌井健策が質問者になってお二人に話を聞いていきたいと思います。鈴木さんの『いまだ成らず』、森合さんの『怪物に出会った日』に共通することとして、それは現役のトップ棋士、現役のトップアスリートを描いていることがあります。松本清張さんが言ったとされる言葉で、「生体解剖」と「死体解剖」があるが、雑誌ジャーナリズムの真髄は「生体解剖」だと。ノンフィクションには、亡くなった方、引退された方を丹念に取材されて書かれているものも多くありますが、お二人の本を読んでいると「生体解剖」という言葉が浮かびました。お二人にとって、現役で活躍している人を書くことの難しさや面白さは、どんなところにあるのでしょうか?
森合 自分の場合は、スポーツ新聞だったり、今一般紙の運動部だったり、現役選手を書くのが仕事だったので。むしろ亡くなった人を書いたことがないので、今進行中の人を書く難しさを感じてはいないです。
鈴木 井上尚弥選手にインタビューするシーンが出てくるじゃないですか。試合の3週間前に設定される。これ、緊張感がすごく伝わってくるんですけど。
森合 それはめちゃくちゃ緊張してます。いつも家を出る前にゲェー、ゲェーやっています。
結論を決めないで取材する
鈴木 あれはインタビュー、一問一答ですよね。一冊の単行本にするとなると、森合さんの主観も入ってくると思います。井上尚弥さんを、現役中の現役というか、最盛期にいる方を一冊の本に書く上で、本人の言葉だけでなく別の人の言葉、森合さんの主観も入ってくると思うんですけど、その辺の怖さ、難しさ。例えば、先方から「いや、自分はそうじゃないよ」と言われる。
森合 その怖さはあります。なので、自分の場合、今回全部結論を決めないで取材してるんですよ。結論を決めないと言ったらおかしいな。誘導したりとか、自分の中で答えを決めてないんですよ。そこは自分の中でルールを決めていて。時間がないと、誘導してしまったり、こういうことじゃないかなと自分で咀嚼してしまうんです。今回、準備や下調べはすごくして取材に行きましたけど、誘導せず答えを決めつけないでいこうと自分で決めていた。今のところ苦情はないです。スポーツ紙や新聞記者をやっていると時々あるじゃないですか。何となく答えを決めていくことって自分もあるんです。自分が考えてることよりも、本当に起こっていることの方がはるかに上回る。自分の考えていることって本当ちっぽけなことしか考えてなくて、事実はそんなの遥かに飛び越えてくる。だから、答えを決めないで行くというのは自分の中のルールだったので、今を書くという難しさは感じなかったかもしれないですね。だけど、この本は井上選手が負けてしまったら成立しない本なんですよ。その恐怖心はあったかもしれないです。
何冊が書くうちに「怖さ」が…
鈴木 これ、取材を始めたのは2018年ですね。