森合　皆さん消化しているし、次に向かっているということなんですね。

鈴木　リターンマッチってことじゃないですけど、将棋は身体的な限界がほぼないので、ずっと戦わないといけない残酷さがあって、現役では「もうこの人とは戦わない」という状況にある人がいない。そこを棋士の方たちも抱えながらも「羽生さんだから」と。

森合　私、実は羽生さんを1回取材したことがありまして。ボクシングの村田諒太さんと羽生さんの対談をセッティングして、2人に話してもらったんですよ。私、司会だったんですけど、羽生さんが全部聞いてくれるんですよ。羽生さんの好奇心、吸収しようとする力。司会の自分が進めなくちゃいけないのに、羽生さんがどんどん村田さんに質問してくれるので、ほとんど何もしないで終わった。そのとき、「負けても忘れること、切り替えることが一番大切です」と言っていたんですけど、『いまだ成らず』を読むと本当にそうだな、淡々とされてるなと思ったんですけど、羽生さんの強さはどういうところにあると忠平さんは思われました？

羽生さんは“質問者”

鈴木　それを書こうと思って、対局した棋士の方にお話を伺ったんです。それでもやっぱりつかめなくて。唯一、思うのは、常に質問者である。村田さんの時もそうですし、藤井さんとの王将戦も。対局後の感想戦も映像で見られるんです。全部、羽生さんが質問してるんですよ。で、藤井さんが答える。勝っても負けてもそうで、だから羽生さんって質問者であり、青年性なんだと。僕は最後、唯一羽生さんの輪郭をつかめたのは、その青年性で、それ年齢とか関係なく、何も持ってないかのように、未知のところに向かって入っていける人なんだなと。

第72期王将戦7番勝負第4局の後、感想戦を行う羽生善治九段（右）と藤井聡太王将　©︎JIJI PRESS

森合　読ませていただいて感想戦のところもすごい大好きで、負けた直後なのに、羽生さんが半分笑ってるような感じで聞いてるシーンだったり、淡々と消化してるのか、もう次に向かっていっているのか。底知れぬ強さを感じたんですよ。

鈴木　それを渡辺明永世竜王、渡辺さんも一時代を築いている本当に強い方ですけど、渡辺さんが、「こんなことは自分には考えられない」と話をしてくれた。そこが他の棋士との違いというか。もちろん勝ち負けを度外視している訳はないと思いますが、その先にもっと見てるものがあって、それが宇宙的な感じを受けるんですよ。

森合　先ほどと逆なんですけど、毎日新聞の元担当記者だったり、取材相手の選択が絶妙でした。彼らが将棋の歴史だったり、将棋はこういうものですよと語ってくれるので、将棋を知らない読者に話が入ってくると思うんです。取材相手はどう選んでいったんですか？

森合氏　©︎Wataru Sato

鈴木　自分は書きたい場面があって、そこを見ている人が登場人物、視点人物になっています。自分がその場に居合わせて見ていたら、私視点でもいいと思うんですけど、そうじゃない場合は誰かその場にいた視点人物を立てようと。そういう順番でいつも取材者を決めていく。

森合　へえ～、そうなんですか。

鈴木　今回、盤外をいかに書くかが大事なところだったんですよね。盤上の事は棋士の方に聞けばいい。盤外をどう書くかが、一番腐心したところです。そこで、羽生さんの盤外を一番見ている人ということで、山村英樹さんという毎日新聞の学芸部将棋担当一筋の方。

書き出しが先か、構成が先か？

森合　技術的なことでもう一点。構成がもうすごくて、これどうやって書いてんだろう、どうやって書き始めてんだろうと思うんです。対局から始まって、本章に入っていく。あれって、どこらへんで考えているんですか？　先に考えて、書き始めているのか、ある程度書いて、表現するためにこの方法がいいとか。忠平さんの本は推進力がすごいんすよ。自分は勝手に「縦軸」と言ってるんですけど、横軸じゃなくて縦で読ませていく推進力がすごくて、構成をどうやって考えてんだろうなって。

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