甲子園の風BACK NUMBER
「う、うそでしょ?」公式戦0勝なのに“野球部員が急増している”ナゾ…宮城の農業高校はこうして成功した「部員2→26人」「初心者がホームラン」
text by
樫本ゆきYuki Kashimoto
photograph byYuki Kashimoto
posted2024/09/11 11:01
部員増に成功した宮城・加美農野球部の様子
佐伯友也という男
佐伯監督と話していてつくづく思う。「監督としてこうでなければいけない」という自尊心は、時に指導の妨げとなる。たとえば格上のチームに練習試合を申し込むとき「断られたら…」「大敗したら…」という羞恥心は誰にでもある。しかし佐伯監督は好奇心の方が勝るという。かつて仙台育英に試合を申し込み、70点以上の差をつけられる大敗もあったが、それもすべて「選手の思い出のため」とポジティブに変換してきた。メディアが注目していた高3の佐々木朗希投手(千葉ロッテ)を擁する大船渡にも「ぜひKAMINOスタジアム(加美農の野球グラウンド)で試合をしましょう」と國保陽平監督(現・盛岡一副部長)に申し込み、実現した。佐々木投手が予定外の登板をしたため加美農グラウンドが騒然としたという。
佐伯監督は、気が滅入りそうな現実を前にしても、「腕の見せ所」精神で出会う人の心を次々とつかんでいった。この魔力的なポジティブマインドに触れたくて、全国からいろいろな野球指導者が集まり、若手指導者のネットワークが誕生したのだ。
急接近で人に近づくくせに、教え子にはじっくり時間をかけて成長を待つ。農学には「発芽の3大要素」という言葉がある。「温度」「酸素」「水」の3つの要素があれば、どんな種でも発芽するという法則だ。成長期の中にいる高校生の発達速度も必ずしも同じではない。教員は種を蒔いたあと、じっと待ち、適した声掛けをして、根気よく“発芽”を待つことが重要だ。そこにプライドや、羞恥心は必要ない。〈つづく〉