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「う、うそでしょ?」公式戦0勝なのに“野球部員が急増している”ナゾ…宮城の農業高校はこうして成功した「部員2→26人」「初心者がホームラン」 

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樫本ゆき

樫本ゆきYuki Kashimoto

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posted2024/09/11 11:01

「う、うそでしょ?」公式戦0勝なのに“野球部員が急増している”ナゾ…宮城の農業高校はこうして成功した「部員2→26人」「初心者がホームラン」<Number Web> photograph by Yuki Kashimoto

部員増に成功した宮城・加美農野球部の様子

 1987年、宮城県名取市生まれ。宮城農業高校から高校野球の指導者を目指して北海道・酪農学園大に入学。準硬式野球部を立ち上げ主将として3部から1部リーグに押し上げた。2017年、加美農に赴任し2019年に監督に。単独チームでの公式戦出場にこだわり、粘り強い努力で部員を増やし続けている。選手勧誘の決めゼリフは「野球やろうぜ、野球で未来を変えてみないか」。8月9日「ヤキュウの日」で37歳になった。

 就任当時の光景は今も脳裏に焼き付いている。バックネット付きの広大な専用グラウンドに部員は2人。一緒に草むしり、石拾い、フェンスの修繕からスタートした。

 そもそもなぜ2人に減ってしまったのか? 活動を怠けていたわけではない。生徒減少の流れに抗えず、自然に減ってしまっただけなのだ。佐伯監督が通ってきた高校野球の道とは全く違う景色。「これは自分の指導力が問われるな。おれの腕の見せ所だぞ」と、やる気に火が付いた。日々の練習に付き添いながら彼らの成長度に集中し、見逃しそうな小さな成功を一緒に喜ぶ。時には“出稽古”にも行った。親交の深かった我妻敏監督(当時)の計らいで東北高校と合同練習をしたこともあった。力の差はとてつもなく大きいが、グラウンドの中では平等だった。「いいチーム作ってるね。がんばれよ」と声をかけられるたびに、微かな光が見いだせた。

悩む生徒に「一緒に野球やろうぜ」

 加美農の生徒の中には、中学時代につまずいた経験がある生徒や、感情のコントロールが苦手な生徒など、様々な背景を持つ生徒がいた。「グラウンドよりも生徒指導室にいる時間の方が長かったように思います」。生徒の約半数が生活する寄宿舎の寮監も初めて経験。徐々に彼ら彼女らの心の声を理解できるようにもなっていった。

「この学校は自己肯定感が低い子が多い。成功体験の数が圧倒的に少ないんだろうな」。孤立や社会的プレッシャーが引き起こす、心の影を感じていた。

「がんばりたいけど、がんばりかたがわからない子が多い。子どもたちがこうなったのは、関わってきた大人の責任もあるんです。人生って、出会う人の縁で変わるじゃないですか。だったら子どもたちに一緒に野球やろうぜ、野球で自分の人生を変えてみようぜって声をかけたくなったんですよね」

 2019年に監督になると、本格的な部員集めに乗り出した。部員募集のチラシを新入生に配り「体験に来ないか?」と声をかけて回った。オープンキャンパスで来校した中学生にも「待ってるぞ!」と猛ラブコール。のちに選手から「あの言葉にやられたよなー!」「レギュラーにしてくれるって言ってたのになぁ」などの小言を言われることになる「盛り盛り」のPR作戦を行い、結果は良好。2020年には10人となり念願の「連合チーム脱却」を果たし、そこから4年間、春夏秋すべての大会を単独チームで出場している。

【次ページ】 部員を増やした「5つの方法」

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