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「う、うそでしょ?」公式戦0勝なのに“野球部員が急増している”ナゾ…宮城の農業高校はこうして成功した「部員2→26人」「初心者がホームラン」
text by
樫本ゆきYuki Kashimoto
photograph byYuki Kashimoto
posted2024/09/11 11:01
部員増に成功した宮城・加美農野球部の様子
【加美農の部員数(全校生徒数)】
2017年 2人(221人)
2018年 4人(223人)
2019年 6人(221人)
2020年 10人(215人)
2021年 16人(183人)
2022年 20人(161人)
2023年 22人(136人)
2024年 26人(140人)
部員を増やした「5つの方法」
チームは3年連続の20人超え。佐伯監督に単独チームにこだわる理由を聞くと「毎日一緒に練習できる、学校の誇りが芽生えるからです。連合チームの良さもありますが、それはあくまでも救済策でありたい」と言う。公式戦での勝利はまだないが、勝っていないのに部員が増え続けるチームは全国でも珍しいのではないだろうか。7年間で実践した佐伯監督のマインドセットは5つにまとめられる。
1. 高校野球における固定概念の見直し(「とにかく走れ」などの不明瞭な指示をやめる)
2. 未経験者にも野球の楽しさを伝える(野球道具の無料貸し出しも行う)
3. 学校、保護者、地域のファンづくり(除雪作業のボランティアなど)
4. 部員募集PRとSNSを使った情報発信(インスタグラムを開設、運営)
5. 人に頼る(強豪校も巻き込む)
特筆すべきは2と5だろう。未経験者の受け入れは2020年からはじめた。今年の選手25人のうち野球初心者は7人。3年生1人、2年生2人、1年生4人……と年々増えている。能力の高い選手を迎えることは簡単だが、その逆は難しい。指導する時間もかかるし、ケガの心配があるからだ。佐伯監督も「最初は左利きの選手が右利きのグローブをはめていたこともありました」と笑う。しかし、時に厳しく、されど愛情をもって接すると選手はみるみる伸び、前述の佐藤永遠選手のようにホームランを打つまでに成長するという。初心者のために、貸し出し自由の野球道具もそろえている。
そしてもう一つ。加美農を異質たらしめているのは、「時に図々しく人に頼る」という佐伯監督の考え。前出の我妻氏は言う。「アイツ、最初アポなしで学校に来たんですよ。雨の日に室内練習場に部員2人と立っていて『合同練習お願いしまーす』って。顔は自信満々なんですけど、能力差的に危ないじゃないですか」。しかし、だ。フライもうまく捕れない加美農の選手たちに、東北高の選手たちが手とり足とり教えてあげたというのだ。「結果的にウチの選手たちにも勉強になった。なんだかんだ最後はいい話で終わるのがアイツのずるいところなんですよ」と笑う。甲子園塾のつながりで知り合った松山商・大野康哉監督の懐にも飛び込んでいき、自宅に招いてもらった。年上だろうが、名将だろうが、図々しさと愛嬌の絶妙なバランスで接近し、いつのまにか相手の心を掴んでしまう。もちろん恩は胸に刻み、お礼は絶対に忘れない。人の縁は強大だからだ。