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「隣のオランダ大使館に球が飛ぶリスクがあって…」“甲子園準優勝”関東一を「この夏、最も追い詰めた」進学校・芝野球部に起きていた「必然」
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byAsahi Shimbun
posted2024/08/31 11:03
東東京大会3回戦の芝vs関東一。タイブレークまで縺れた熱戦は10回裏に関東一がサヨナラ勝ち。ベンチの歓喜は追い込まれた強豪の安堵を現わしていた
おそらく、捕手からサインが出ていたのだ。
「バーチャル高校野球」だと、3回戦はバックネット裏からの映像しかなく、関東一の捕手、熊谷俊乃介の動きが確認できない。マスクなのか、ミットなのか、それとも右手を使ってのものなのか、なにがしかのサインが送られていたのではないか――と思われる。
「走塁はウチの泣きどころ」その理由は…?
このひとつのプレーだけでも、関東一高がいかに洗練されたチームなのかが分かる。
「走塁はウチの泣きどころでして……」と増田監督は告白する。
「あのアウトは、たしかに痛かったです。実は、ウチは校庭がゴム製でして、滑り込みや帰塁の練習ができないんです。そういう事情もあり、牽制球で帰塁するタイミングは、練習試合でこなすしかない状況でした。その弱点が、タイブレークのあの場面で出てしまいました」
もし、10回表に1点でも取っていたら、関東一には新たなプレッシャーがのしかかり、勝負の行方はどうなっていたかは分からない。しかし、ここで関東一は日ごろの練習の成果を発揮したのだ。
このとき、芝のOBが関東一の関係者がスタンドで漏らしたひと言を聞いていた。
「東東京の3回戦で、あのプレーを出さなきゃならないのか……」
関東一も、とっておきのプレーを出さなければならないほど、追い込まれていたのだ。ひょっとしたら、京都国際はこの牽制球を分析していた可能性もある。
10回表、芝は無得点。
10回裏、関東一は一死満塁から大後がセンターへと弾き返し、サヨナラ。
殊勲者の大後は興奮を隠せない。まさか、この段階でこれだけの苦戦を強いられるとは予想していなかっただろう。「生みの苦しみ」のようなものが関東一の選手たちからは感じられた。
そして、関東一は甲子園の決勝でタイブレークを戦うことになる。つまり、選手権の初戦と最終戦でタイブレークを戦う夏となった。
芝にとっては、悔しい試合となった。涙を流す選手たちに、増田監督はこう語りかけた。
「とにかくナイスゲームだった。君たちが甲子園を目指していたことが本気だったことが伝わってきた試合だったよ」
ところが、返ってきた答えは意外なものだったという。
「いい試合だったと言われるのが、一番悔しいです」
全国の頂点を狙う強豪相手でも――本気で勝ちにいったゆえの言葉だった。
<次回へつづく>