野球クロスロードBACK NUMBER
「そんなんだから、人が寄ってこねぇんだよ!」甲子園で敗れた“ある名門野球部”エースの青春…最後は「こんな仲間、どこにもいない」と言えたワケ
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byJIJI PRESS
posted2024/08/28 06:00
甲子園初戦で鶴岡東に敗れた聖光学院高。部員数100名を超え、県外選手も多い「野球強豪校」だが…?
高野は須藤の父からのひと言が、心を解放する決め手となったのだと、しみじみ言葉を紡ぐ。
「古宇田、羅天、竹田、室町……それまでも、いろんな人が自分のために言ってくれていたこともわかってたんですけど、須藤のお父さんから言ってもらえたことで、やっと行動できたというか。『反抗するんじゃなくて、受け入れないとダメだ』って」
そこからの高野は、明らかに変わった。
選手間ミーティングで自ら「悪いところを言ってほしい」と切り出し、チームメートの意見に耳を傾けた。そして春の大会では、エースナンバーを古宇田に譲っても卑屈にならず、登板すればマウンドで頻繁に声を発する高野がいた。キャプテンの佐藤が言う。
「自分たちが高野の歩みをずっと指摘したなかで、あいつも苦しんだと思うんです。そこを乗り越えてすごく成長してくれました」
高野がこれまでの行いを是正し、本当の意味でひとつになったチームは、スローガンを「一枚岩」から「さざれ石」に改めた。
小さな石でも集まれば巌となる――国歌にもあるような決意は、一隅を照らす男たちにとってこれ以上のない結束の証となった。
孤立していたエース…背番号「1」でマウンドへ
グラウンド、ベンチ、スタンド。試合ではそれぞれの石が光を灯す。かつては孤立していた小さな石は背番号「1」を託され、マウンドの中心で目を配り、声を届ける。
だから甲子園の大歓声のなかでも、自分が発する以上に一人ひとりの声が心に染みる。
「高野を負けさせるな!」
1点を追う9回。高野はこのときから泣きじゃくっていた。試合に敗れたことで責任を背負っていたが、古宇田も佐藤も、仲間たち全員が高野と同じくらい嗚咽を漏らし、「あいつがいたから、ここまで来られた」と感謝を綴る。
そして、かつては監督もコーチ陣も「問題児」と言い放つほど手を焼いた男は、最後の夏に誰もが認めるエースとなった。
斎藤監督が教え子の1年を噛みしめる。
「あそこまで我が強かった奴も珍しかった。けど、最後は高野も中心となってチームが成長してくれたことが嬉しいよね」
さざれ石たちの情熱の声に、高野が震える。
「こんなすごい仲間、どこにもいない」
2024年夏。聖光学院は巌となった。