「僕ももうちょっと早くに登板を言ってくれたら、心の準備ができたとずっと思っていました。でも、だんだんと時が経つにつれて、僕に気負わせないために、國保先生はあえて何も言わなかったんじゃないかと思うようになりました。國保先生は常に選手側に立って物事を考えてくれる先生でした。決勝のことが騒動になって、張本（勲）さんとダルビッシュ（有）さんの（テレビやSNSを介した）口論があったり、いろいろな批判記事が出た。自分が投げて、抑えて、勝っていればあんな騒動は起きなかった。自分が投げて負けたせいで、そうした意見が生まれたというか、國保先生一点に、誹謗中傷が向かってしまった。そこは國保先生に申し訳ないと思っています」

　國保はあの日の試合後、勝機があるとしたら、どんな試合展開だと想定していたのか――そんな問いに対して、「30対29のような打ち合い」と答えていた。

　まるでラグビーやハンドボールの試合のようなスコアである。佐々木を登板させず、29失点を覚悟するのはともかく、県内随一の強豪である花巻東の投手陣から30点を奪うなんて現実的ではない（ちなみに当時の花巻東のエースは中央大を経て昨年、巨人にドラフト1位で指名された西舘勇陽）。当時は悪い冗談のように聞き流していた。しかし、5年にわたる付き合いの中で、その言葉も本心だったのではないかとさえ思うようになった。

©︎Asami Enomoto

天才を抱える“監督の苦悩”

　選手のケガを防ぎながら同時に勝利を得んとすることは、時に二律背反する。佐々木を起用せずして強豪・花巻東に勝とうとするならば、大船渡の戦力では29失点を覚悟してでも打ち合いに持ち込むぐらいしか勝ち目はなかったのだ。

　國保は言う。

「誰もが大谷翔平選手や佐々木朗希になれるわけではないでしょうが、だからといって誰も大谷選手や佐々木朗希になれないということもないと思うんです。甲子園に行きたい、大リーグに行きたいという生徒の夢は、わずかな可能性かもしれないけど全力で応援したい」

　あの夏、國保は柴田の可能性に賭け、佐々木以外の野手の奮起とバッティングに期待した。

　しかし結果は伴わなかった。花巻東には2対12で敗れた。

〈つづく〉