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「藤井さんは毒を吸わないんです」永瀬拓矢王座31歳が語った自身の“毒”の正体…「変異種」覚醒の一戦を振り返る《藤井聡太、八冠まであと1勝》

posted2023/10/11 06:00

 
「藤井さんは毒を吸わないんです」永瀬拓矢王座31歳が語った自身の“毒”の正体…「変異種」覚醒の一戦を振り返る《藤井聡太、八冠まであと1勝》<Number Web> photograph by KYODO

2015年、電王戦FINALに挑んだ永瀬。その圧倒ぶりはいまでも語り草に

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高川武将

高川武将Takeyuki Takagawa

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KYODO

 挑戦者の藤井聡太竜王・名人(21=王位・叡王・棋王・王将・棋聖を合わせて七冠)と永瀬拓矢王座(31)による王座戦第4局が本日10月11日、9時に開始される。藤井の2勝1敗と、史上初となる”8冠”を目指す若武者にリーチをかけられた格好の永瀬だが、土壇場で意地を見せられるか。

 実は「将棋は生命」、「将棋は才能ではなく努力」と公言し、盤上に全身全霊を捧げてきた永瀬をして「価値観が変わった」と言わしめる対局がある。それが2015年の電王戦FINALだ。人ならざる者との戦いは異能の男に何を与えたのか。[電王戦という分岐点]永瀬拓矢「毒と理想のはざまで」(2022年1月20日発売、Number1044号掲載)を特別に無料公開します。※肩書はすべての当時のまま

 今のところ、永瀬拓矢王座に「名勝負」はないという。

「勝った側だけでなく、負けた側も力を出し切って、両者ともに認められるのが名勝負や名局だと思うんです。自分はまだ持っていない気がします。今後作って行かなければいけないですね」

 昨年王座を3連覇してもまだまだ上を目指している男の矜持でもあるだろう。

永瀬の「棋士人生の分岐点」である一局

 本人が名勝負と認める対局はないが、棋士人生で大きな分岐点となった一局はある。人間対コンピュータ、最後の団体戦となった2015年の電王戦FINAL。22歳の永瀬が、将棋ソフト「Selene」を完膚なきまでに打ちのめした一局だ。

「初めての大舞台の経験がその後のタイトル戦に活きていますし、あれで将棋に対する価値観が変わった。ただもし、今同じ状況があっても、やらないですけど……」

 その前年、'14年の第3回電王戦の出場者が話題になっていた頃のことだ。

「皆、永瀬君なら勝っても負けても納得できると言っているよ」

「でも、もし負けたら、やっぱり将棋を辞めなきゃいけないですよね……」

「そりゃあ、そうだね。でも、棋士代表として指す価値はあるんじゃない?」

 当時、鈴木大介九段は永瀬とこんな会話をしたことを憶えている。

 '10年の新人王戦でアマチュア棋士に負けた永瀬に「プロならアマに負けてはいかん」とプロの心構えを説いたのを機に、永瀬が「将棋を教えて下さい」と「押しかけ入門」する形で頻繁にVSをやるようになっていた。それは鈴木が'17年に連盟の理事になるまで約7年続き、単なる先輩後輩を超えた「師弟」のような関係性がある。

「今では笑い話ですけど、その頃はまだソフトより人間のほうが強いと思っていたんです。でも、トップ棋士は躊躇する。棋士の間で誰が出てくれるのかと話題になると永瀬君なら、と。彼ほど将棋の勉強をしている棋士はいなかったですからね」

【次ページ】 「1割くらいしか勝てない」。弱気の永瀬に鈴木が告げたこと。

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