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[電王戦という分岐点]永瀬拓矢「毒と理想のはざまで」

2022/01/22
「将棋は生命」、「将棋は才能ではなく努力」と公言し、盤上に全身全霊を捧げてきた不倒の王座をして「価値観が変わった」と言わしめる対局がある。'15年、電王戦FINAL。人ならざる者との戦いは異能の男に何を与えたのか。

 今のところ、永瀬拓矢王座に「名勝負」はないという。

「勝った側だけでなく、負けた側も力を出し切って、両者ともに認められるのが名勝負や名局だと思うんです。自分はまだ持っていない気がします。今後作って行かなければいけないですね」

 昨年王座を3連覇してもまだまだ上を目指している男の矜持でもあるだろう。

 本人が名勝負と認める対局はないが、棋士人生で大きな分岐点となった一局はある。人間対コンピュータ、最後の団体戦となった2015年の電王戦FINAL。22歳の永瀬が、将棋ソフト「Selene」を完膚なきまでに打ちのめした一局だ。

「初めての大舞台の経験がその後のタイトル戦に活きていますし、あれで将棋に対する価値観が変わった。ただもし、今同じ状況があっても、やらないですけど……」

 その前年、'14年の第3回電王戦の出場者が話題になっていた頃のことだ。

「皆、永瀬君なら勝っても負けても納得できると言っているよ」

「でも、もし負けたら、やっぱり将棋を辞めなきゃいけないですよね……」

「そりゃあ、そうだね。でも、棋士代表として指す価値はあるんじゃない?」

 当時、鈴木大介九段は永瀬とこんな会話をしたことを憶えている。

 '10年の新人王戦でアマチュア棋士に負けた永瀬に「プロならアマに負けてはいかん」とプロの心構えを説いたのを機に、永瀬が「将棋を教えて下さい」と「押しかけ入門」する形で頻繁にVSをやるようになっていた。それは鈴木が'17年に連盟の理事になるまで約7年続き、単なる先輩後輩を超えた「師弟」のような関係性がある。

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photograph by Masaru Tatsuki

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