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アントニオ猪木像とベテラン石膏師の真剣勝負「耳、つぶれているんですね」…猪木番カメラマンが見届けた“219センチの守り神”完成まで 

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原悦生

原悦生Essei Hara

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photograph byEssei Hara

posted2023/09/12 17:37

アントニオ猪木像とベテラン石膏師の真剣勝負「耳、つぶれているんですね」…猪木番カメラマンが見届けた“219センチの守り神”完成まで<Number Web> photograph by Essei Hara

横浜市鶴見にある總持寺に設置された「燃える闘魂 アントニオ猪木之像」。威風堂々たる佇まいは、在りし日の猪木にそっくりだ

「耳、つぶれているんですね。柔道家みたいに」

 猪木の耳を見て、井野さんは改めてしみじみとそう言った。猪木が若いときに道場や試合で、ヘッドロックで締め上げられた時のものだ。カリフラワーと呼ばれるレスラーの勲章でもある。

「うまくいったかどうか、ですね。(完成したものに)いいとか悪いとか言えませんから。大変だったなあというのはありますね。火事で焼けてしまいましたが、沖縄(首里城)の龍柱の口。その口の中を(石膏で)取るのが大変でした。夜中の2時、3時までやっていました。誰も手を出さないのでこっちが手を出したら、えらいことになっちゃいました」

 井野さんは若い頃、父親が作業していた石膏をアトリエで踏みつけて壊してしまったことがあったという。

「親父は黙っていました。まったく怒りませんでしたね。踏まれるようなところに置いた自分が悪いと思ったのでしょう。どうやって修復するかを、じっと考えていた。(最終的には)きれいに直しましたよ」

 井野さんは完成に近い猪木の石膏像を見つめた。

「後はすり合わせて、傷を埋めて、完成です」

ついに完成した猪木像…高さは219センチ

 5月25日に完成した石膏像は、5月29日に富山の黒谷美術に運ばれた。予定通りの進行だった。

 石膏がほぼ出来上がった日、食品を配達しに来た若者に、井野さんが声をかけた。

「いいもの見せてやろうか」

 井野さんは後ろを向いていた猪木の台座をクルっと回した。

 私が取材したのは6日間だけだったが、貴重な体験をさせてもらったと思っている。他の美術作品だったら、ここまでの感慨はなかったかもしれない。だが、これは猪木なのだ。猪木じゃなければ、こんなレアな作業を見ることもなかっただろう。

 その後、黒谷美術の工場で約2カ月半かけて丹念に鋳造が行われ、取り出された鋳物はブロンズ像となった。8月中旬には、仕上げとして茶黒(チョコレート色)に着色された。完成した猪木像は8月30日、横浜の石材店「石蔵」に運ばれた。

 9月9日、「燃える闘魂 アントニオ猪木之像」(110センチ、135キロ/高耐候特殊ブロンズ製)は總持寺の猪木家の墓に設置された。台座を入れると、219センチの高さになる。

 そして9月12日。無事に除幕式を終えた猪木像は、猪木家の墓の前で、守り神のように悠然と力強い威風を放っている。

 今後、多くのファンが訪れ、「猪木」との記念写真に納まることだろう。

<#1「彫刻家の仕事」編、#2「石膏師の仕事」編から続く>

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「猪木がこっちを見ている…」“超リアルなアントニオ猪木像”はいかにして生まれたのか? モチーフを撮影したカメラマンが制作過程に密着

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