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猪木さんが動いている? 精巧すぎるアントニオ猪木像の魔法…80歳のベテラン石膏師も驚嘆「いい作品には“圧”がある」「すごいもの作りましたねえ」
posted2023/09/12 17:36
text by
原悦生Essei Hara
photograph by
Essei Hara
石膏師のため息「作品に圧倒されていた」
アントニオ猪木のブロンズ像は、原型の粘土像から石膏へと姿を変える段階になった。
5月11日、朝、北井博文さんのアトリエ。この日から石膏の作業が始まる。
イスに座った井野雅文さんは、粘土のアントニオ猪木像を見上げると何度か「フーッ」とため息をついた。「作品に圧倒されていた」という。
猪木と同じ1943年生まれの井野さんは、80歳のベテラン石膏師だ。一人で猪木像の周りに養生のビニールシートを張り、ボウルで石膏を水に溶く。手でかき回す。それを刷毛で猪木像にかけていく。
「石膏の溶き加減はいつも同じです」
猪木が石膏を浴びている。その石膏で猪木が変身していく。グレート・ムタの緑の毒霧ではなく、井野さんの刷毛から放たれる石膏によって白い姿へと徐々に変わっていった。
猪木が白く染まった。
うっすらとかかっていた石膏の表面に、さらに石膏が上塗りされる。不鮮明な輪郭にはなったが、この石膏の下に猪木がいるのはわかる。
「もうこっちのものですよ」
井野さんがそう言った。
その言葉に北井さんが「面白いこと言いますね」と反応した。「こっちのもの」とは、原作者の手を離れて、作品が石膏という自分の領域に入ったことを意味していた。
「いい作品になればなるほど“圧”があるんです」
作品の“圧”から解放された井野さんは生き生きとして見えた。「職人だなあ」と思った。
井野さんは直径が5ミリある太い針金を切断し、それを折り曲げながら、猪木の体に当てて石膏を塗り付ける。私もちょっと触ってみたが、5ミリの針金を体に合わせて折り曲げるのは至難の業だ。
「昔はもっと太い6ミリの針金を使っていました。コツなんですね」
猪木の面影を残した白い像が針金で補強されていく。ちょっとビッグバン・ベイダーを思い出してしまった。そして、その針金さえも石膏の下に隠れていく。