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「猪木がこっちを見ている…」“超リアルなアントニオ猪木像”はいかにして生まれたのか? モチーフを撮影したカメラマンが制作過程に密着
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2023/09/12 17:35
彫刻家の北井博文さんが手がけたアントニオ猪木の粘土像。筆者も「本物の猪木を撮っている」と感じるほどの再現度に仕上がった
アトリエには人体解剖学の本が置かれている。黒谷さんによると、レスラーの微妙な筋肉の質感やタオルとのフィット感などを再現するために、オカダ・カズチカも「できることは何でもします」と裸になって協力してくれたという。
「猪木さんの像は、3月、4月と毎日やりました。やってみては『違うなあ……』。その繰り返しでした」
池上本門寺にある力道山の像とは違って、北井さんの技法では顔も筋肉もリアルに表現されている。
北井さんは温厚だが、作品に向かっている時の視線は厳しく、芸術家としてのこだわりを感じる。粘土を塗っていく北井さんの指先を、私はじっと見つめていた。
できることなら、もっと猪木を撮りたい
そんな北井さんの手によって、この世に一つだけの粘土の猪木像が完成した。
だが、この粘土像は寿命が短い。乾燥するとひび割れを起こしてしまう。制作中は水を吹き付けて、夜間はビニールがかけられていた。ブロンズ像を作るための宿命だが、リアルな猪木像の原型がわずか数日でなくなってしまうのは惜しい気もした。
ブロンズ像を作るための次の段階に入らなくてはいけない。完成した翌々日から、今度は石膏像を作る工程が始まる。
まずは粘土像に石膏を吹きかけて雌型を作るという。
「像に石膏をかけるシーンや、粘土をかき出して雌型の内側に顔が浮き上がるシーンなんかいいと思います。せっかくだから見ていったらどうですか」と黒谷さんから声をかけられた。
不思議な義務感と好奇心に私はとらわれていた。この時点で、猪木さんが亡くなって半年以上が過ぎている。
「できることなら、もっと猪木を撮りたい」という衝動に私はかられた。
まるで猪木の分身のようなしゃべらない猪木像と、カメラ越しにまた無言で会話できる。そんな気がしていた。
<#2「石膏師の仕事」編に続く>