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「猪木がこっちを見ている…」“超リアルなアントニオ猪木像”はいかにして生まれたのか? モチーフを撮影したカメラマンが制作過程に密着
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2023/09/12 17:35
彫刻家の北井博文さんが手がけたアントニオ猪木の粘土像。筆者も「本物の猪木を撮っている」と感じるほどの再現度に仕上がった
像の猪木の顔は33センチある。最初、猪木の目は実際の顔との比率より意図的に一回り大きく作られた。私はそのことは知らなかったが、ちょっとだけ違和感を覚えた。「気づいたことはなんでも言ってください」ということだったので、それを黒谷さんに伝えた。
結局、顔と同じ比率の、見慣れた目のサイズでいくことになった。
粘土像にカメラを向けると「猪木を撮っている感覚」に
私はカメラを通して長いこと猪木を見てきたから、やはりファインダー越しでないと感じがつかめない。
粘土像にカメラを向けてみる。アングルを変えてみる。思いっきり近寄ってもみた。
すると「猪木を撮っている」という感覚になった。
体の線にも若干の修正が加えられて、いい感じの猪木になったと思う。猪木の弟の猪木啓介さんからは、「うまくいかなかったら原さんのせいだからね」と笑われた。
「髪は苦労しました。ウェーブがかかっていて」と北井さんは言った。くせ毛だった髪のウェーブは、啓介さんからの指摘によって再現された。シャワーの後、鏡に向かって櫛を使っていた猪木を思い出した。
粘土の原型は5月11日に完成した。北井さんのアトリエの周辺では、田植えの終わったばかりの田んぼでカエルが鳴いていた。
「肖像の制作会社に40年間勤めていました。いろんな仕事をやりました」
北井さんはその会社で、カシマサッカースタジアムにあるジーコ像も手掛けた。それ以前には、近くのショッピングセンターに置かれたもう一つのジーコ像も作ったという。北井さんの手によって、縁のある猪木とジーコがつながったことになる。
北井さんは以前から自身のアトリエは持っていたが、65歳の時に独立した。
「JR湯沢駅前(秋田県)に建てられた菅義偉前総理の銅像や、西武線東村山駅前にある志村けんさんの頭部もやりました」
北井さんは続ける。
「亡くなってしまった方の像を作るのは、存命の方とは違う大変さはあります。猪木さんの試合は若い頃に見ていましたからイメージはありました。いろいろな角度からの写真や映像が参考になりました」