巨人軍と落合博満の3年間BACK NUMBER

落合博満37歳が怒り「巨人クロマティが年俸3億円ならオレも3億円だ」中日とまさかの“年俸調停”に「落合は波風立てて…」関係者は否定的

posted2023/09/10 11:01

 
落合博満37歳が怒り「巨人クロマティが年俸3億円ならオレも3億円だ」中日とまさかの“年俸調停”に「落合は波風立てて…」関係者は否定的<Number Web> photograph by KYODO

1986年オフにロッテから中日にトレードされた落合博満。1億3千万円(推定)でサインし、日本人選手初の1億円プレーヤーに

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中溝康隆

中溝康隆Yasutaka Nakamizo

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KYODO

プロ野球初のFA選手になり、40歳で巨人へ電撃移籍した落合博満……1993年12月のことだった。
あれから30年。巨人にとって落合博満がいた3年間とは何だったのか? 本連載でライター中溝康隆氏が明らかにしていく。第3回(前編・後編)は“FA前夜”の狂騒。「オレも3億円だ」とまさかの年俸調停し、「落合ダイエー入りか」と騒がれた。【連載第3回の前編/後編へ】

◆◆◆

初対面で「オレのほうはもうコチコチさ」

「まだファームにいるボクに、“あいつのバッティングは素晴らしい。何とか巨人に……”と誘いをかけてくれたとか。結局、トレードは実現しなかったけど、あの長島さんに目をつけられたというだけでうれしかった。ますます長島さんを好きになりましたよ」(週刊サンケイ/1984年8月23・30日号)

 落合博満は、週刊サンケイの「長島ラブコール・アゲイン」特集(※当時は島表記)において、「われわれの年代は、長島イコール野球だった」とその憧れを口にしている。野球という仕事に関してはビジネスライクでドライなオレ流が、ミスターの話題になると少年の顔に戻る。

「あるテレビ局の対談ではじめて会ったとき、オレのほうはもうコチコチさ。長島さんに憧れて野球をはじめたようなものだから。その対談までは、まるで外からしか見たことのない人だったけれど、やっぱりすばらしい人だった。アクがないというか、人を引きつける一種独特の魅力があるんだね。なんなのだろう? 人間性かな? いや、やっぱりあの人の野球だと思う」(なんと言われようとオレ流さ/落合博満/講談社)

 初対面で直接、「4割を打てるのはキミだけ」と褒められた落合は、まるで夢見心地だったという。パ・リーグで三冠王にまで登り詰め、マスコミを通して、ときに辛辣なジャイアンツ批判を繰り返したオレ流だったが、ミスターに対しては素直に憧れを口にする。ある意味、落合博満にとって、長嶋茂雄は巨人軍よりも偉大だった。

「クロマティが3億円ならオレも3億円だ」

 人生、カネがすべてじゃない。けど、プロの評価はイコール、“カネ”さ――。

【次ページ】 「クロマティが3億円ならオレも3億円だ」

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