酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
「甲子園で勝ちたくて指導者になったわけではありません」日本ハム→中日→ヤクルトの35歳「元プロがアマ野球で教える意味」とは
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byKou Hiroo
posted2023/09/02 17:02
東邦高校でコーチを務める木下達生さん
〈「柱1つで成長する」選手、生徒を作ることを目標にしています。選手、生徒が自分で「どんなことがやりたいか」を設定する。それをやってみて、なぜできないか考えてまた努力する。その繰り返しです。簡単に言えばPDCAサイクルですが、その習慣を野球や勉強でつけられれば、もし野球ができなくなったときも、他分野でずっと同じように努力し、試行錯誤できる。僕はたくさん失敗してきましたので、その経験を活かして選手たちを指導しようと思ったんです。
野球に集中するから勉強はしないとか、勉強に集中するために野球をやらないという選手もいますが、これは違うんだと。一度手を抜く習慣がつくと、なかなか取れないんだ、と教えています。
机の前に座って勉強しているときは、バットは振れず、ボールは投げられない。だからこそ勉強に一生懸命集中すべきだし、グラウンドに出たらペンを持って勉強することはできない。だから一生懸命ボールを追ってバットを振ろうと、ずっと言っています。
野球ノートもつけさせていますが“自分はなぜあの時こうしたんだ”など振り返ることができてくると伸びてきますね。漫然とした練習で試合に出るのではなく、常に自分自身を見つめて、考えなければいけないのです。僕自身の高校時代の経験については、選手には伝えていません。答えは自分で見つけなさい、と言っています〉
控えの選手にはどんなアドバイスをしているのか
高校を出てすぐにプロ入りしてから、高校野球の指導者になるまでにいろいろ回り道もしたが、木下コーチにとってその経験は決して無駄ではなかったのだろう。
〈今、部員数は73人です。100人以上いると目が届かない部分はありますからね。選手が活躍できるチャンスは試合でしかないので、少ない人数を鍛えていくことになる。うちの場合、1年間やればどこかで背番号をつける感じになっています〉
それでもやはり「主役」と「脇役」ができてしまう。控えの選手にはどんなアドバイスをするのだろうか。
〈僕自身、中学時代はほとんど控えで、高校でも3年生になるまで控えでした。プロ野球でも、最初の2年しか日の目を見たことがありません。だから控え選手の気持ちはよくわかるつもりです。
僕が東邦高校に入学した当時の監督だった阪口慶三先生は「格好いい男になろう、イケメンになろう」と言ったのが印象に残っています。ちょっとクサい言葉ですが(笑)。僕の表現としては「とにかく一生懸命やれ」と。練習でも試合でも、他の選手のサポートでも応援でも、3年間一生懸命やったやつは、高校野球が終わったときに一生懸命やる習慣がついている。「お前たちは卒業した時に、すごい強みを持って次のステージに行くことになる。何かチャンスを貰わないと努力できないような人間になってしまったら、それはお前たちにとってマイナスだぞ」と伝えています〉
野球科学研究会で発表を行った意図とは
プロ野球で華々しいデビューを飾りながら、故障のために以後は苦しいプロ野球生活を送り2度もトライアウトを受けた木下コーチならではの言葉だ。