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高卒2年目で完封初勝利も「実はわき腹痛が」25歳で3度の戦力外通告のち引退…現アマ指導者・木下達生が語る“プロ野球生活の天国と地獄”

posted2023/09/02 17:01

 
高卒2年目で完封初勝利も「実はわき腹痛が」25歳で3度の戦力外通告のち引退…現アマ指導者・木下達生が語る“プロ野球生活の天国と地獄”<Number Web> photograph by JIJI PRESS

2007年、日本ハム時代の木下。当時身を置いていたプロの世界の過酷な競争を語った

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広尾晃

広尾晃Kou Hiroo

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JIJI PRESS

 元プロ野球選手がアマチュア指導者の世界へ——。日本ハム、中日、ヤクルトを渡り歩き、現在は東邦高校でコーチを務める木下達生さん(35)にプロ生活での“天国と地獄”を聞いた。(全3回の2回目/第1回第3回へ続く)

 愛知県東邦高校野球部副部長・コーチの木下達生氏は高校生ドラフト3巡目で日本ハムに入団。高卒1年目にして一軍デビューへとたどり着いたのだが――そこでプロの洗礼を浴びた。

〈沖縄県国頭村の二軍キャンプでのことでした。普通は、先輩たちがブルペンで投げるのを見て、やっぱりプロは違うなと思うみたいですが、僕は「一番腕が振れているのは自分だな、自分の球が絶対一番いいな」と思ったんです。1年目は二軍スタートでしたが、8月に一軍に昇格しました。8月6日の西武戦で先発してカブレラにホームランを打たれて敗戦投手になって、そこで初めて「全然だめだな」と思いました〉

 1年目、一軍では2試合に投げて0勝1敗、8.1回、防御率7.56に終わる。しかし二軍では9試合1勝3敗ながら30回を投げて防御率2.70を記録した。

〈プロに入ってから速い球を求めてしまったのですが、やっぱりコントロールだなと思って、意識して投げるようになったんです。1年目は球が高かったんですが、2年目になってある程度低めに行くようになって。2年目もファームでのスタートでしたが結果を残して、5月19日のソフトバンク戦で先発することになりました〉

猛打ソフトバンク打線相手に完封でプロ初勝利

 日本ハムのトレイ・ヒルマン監督はローテーションの谷間で、ファームで結果を出していた木下コーチを抜擢する。すると木下氏はなんと9回被安打6でプロ初勝利を完封で飾った。

〈当時のソフトバンクはすごく強くて、そこまで完封されたことがなかった。小久保裕紀さん、松中信彦さん、多村仁さんがクリーンアップに座っていた。ブルペンでは佐藤義則コーチから「5回3失点でOKだから」と言われたので、思い切っていこうと思ったんです。当時の日本ハムには武田久さんやマイケル中村さんなど強力な救援投手もいましたし「行けるところまで行け」と。

 5回投げて無失点で、佐藤コーチに「さすがに無失点じゃ替えられないよね」と言われました。次の回に3連打されたんですが、センターの森本稀哲さんがホームで刺してくれて。キャッチャーの鶴岡慎也さんにも「今日お前持ってるぞ、いけるぞ」と言われました。でも気を抜ける打者がいなくて、キツかった。なので6回にまた「替えてください」と言ったら「替えられない」と。それを繰り返して8回まで来て、さすがに9回は「次も行っていいですか」って僕から聞きました(笑)〉

【次ページ】 実は左のわき腹に痛みを感じていた

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