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「あ、僕たちでも勝てるんだ」履正社“史上最強”への道は大阪桐蔭との“宿命の一戦”から始まった…「打倒奥川」で果たした夏の甲子園制覇
text by
釜谷一平Ippei Kamaya
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/08/07 17:07
2019年夏の甲子園決勝でエース奥川恭伸を擁する星稜を5-3でくだし初優勝を飾った履正社ナイン
その日の履正社の先発投手は、高校入学後一度も公式戦のマウンドに立ったことのなかった3番ライトの濱内太陽主将(筑波大)。この岡田龍生監督の一世一代の“マジック”がはまる。履正社1点リードのまま、9回表も二死走者なし。あとアウト1つ、あとストライク1つまで桐蔭を追い詰めた。
ネット裏から戦況を見つめていたコーチの多田晃(現監督)は、左手に握りしめたスマホの画面とグラウンドに視線を忙しなく行き来させながら、LINEの入力を進めていた。
〈おかげさまで何とか桐蔭に勝つことができました〉
多田は、履正社が夏の甲子園に初出場を果たした97年のチームの1学年上の主将で、元捕手。勝負には慎重な男である。2007年に履正社に赴任して以降、「夏はいつも桐蔭の校歌を聞いて終わっている感じだった」という通り、この時点で夏の大阪桐蔭戦は10連敗中。ようやく……という溢れる思いが入力を急がせた。あとは送信ボタンを押すだけ。
しかしそのボタンが押されることはなかった。まさかの4連続四球で追いつかれ、タイムリーで負け越し。あと1つのアウトが取れなかった。王者の底力としかいいようがなかった。しばらくするとグラウンドには大阪桐蔭の校歌が流れ、履正社の夏は終わった。
その試合で、池田凛はボールボーイを務めていた。当時1年生。履正社に入学して数カ月後に、土壇場で天国と地獄が入れ替わる光景を一塁ベンチの脇から見ていた。
「よく覚えています。桐蔭の選手たちの顔色や目つき。あそこまで追い込まれても自信がありそうで、焦っていなかった。あの試合を目の前で見られて衝撃でしたし、『ここに勝つ』と強く思いました」
大阪桐蔭を倒してセンバツ出場へ
大阪で戦う意味と覚悟を喉元に突き付けられるような一戦が終わると、新チームが立ち上がった。桐蔭戦の悔しさと屈辱を味わった2年生のキャッチャー野口海音(大阪ガス)、清水大成(早稲田大)のバッテリーや、強打の外野手・井上広大(阪神タイガース)に桃谷惟吹(立命館大)。1年生にはセカンドの池田や、サード小深田大地(DeNAベイスターズ)らがいた。するとこのチームが秋季大阪大会決勝で大阪桐蔭を5―2で倒し、優勝。続く近畿大会でもベスト4入りし、2年ぶりのセンバツ大会出場を決めたのだった。
池田が言う。