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「80分ではなく4800秒と意識させた」スピアーズ田邉コーチの証言でわかった“12季ぶりラグビー新王者の誕生”が偶然ではない理由
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
photograph byNobuhiko Otomo
posted2023/06/05 17:01
日本代表に選出されたWTB木田晴斗(右)の起用を進言するなど、スピアーズの初優勝に貢献した田邉淳アシスタントコーチ
「今季、チームで共有したのは1試合を80分ではなく4800秒と意識させたことです。1秒も無駄にしない。目の前の1秒を大事にして、シナリオを遂行していこうと意識させました」
「秒」を意識しようと呼びかけたきっかけは、チームの中で流行っていたレースゲーム『スプリットセカンド』だった。レースでは、ドライバーが単にマシンを早く走らせれば勝てるわけではない。
「ピットクルーは最速1.8秒でタイヤ交換を完了させる。4つのタイヤを交換するために20人のクルーがいて、一人一人が自分の仕事をコンマ数秒で遂行する。ナットを外す人、ジャッキを上げる人、役割はそれぞれ違うけれど、それぞれが自分の仕事を精度高くやりきる。これってラグビーと同じだと思ったんです。ブレイクダウンひとつとっても、ボールキャリアーはどんな姿勢でヒットするのか、クリーンアウトに入る選手はどう入るか――そういうディテールを精度高く遂行することで、早く正確にボールをリサイクルできる。なんとなく『早く出そうぜ』というんじゃなく、何秒でボールを出すのか、そのために個々は何をするのかを明確にしました」
時間を細かく意識することで、試合のすべての時間に意味が生まれた。
「どのポジションでもトークが増えた」
「今の10秒、自分は何をすべきか、ということを選手個々が考えるようになりました。プレーが途切れたときも、選手同士が話す内容が具体的になったし、どのポジションでもトークが増えた」
田邉は「試合は生き物。生き物って何をするか分からないじゃないですか。それを分かった上で、80分、4800秒かけて育てていくんです」という。
「たとえばキックを蹴って追っかけたとき『こっちへ弾んで欲しいな』と思っていても、毎回思うように弾んでくれるわけではない。そんなときも『クソッ』と不満に思うのか『こんなこともあるよな』とポジティブに思うのかで、その後の自分の対応が変わると思うんです。予測をすれば外れることもあるし、外れたら外れたことからの学びもある。自分ひとりで追いかけてもダメ、とかね」
時間のマネジメント。シナリオの共有。個々のスキルアップとディテールの追求。そして愛情――それだけのエビデンスを積み重ねた上に、スピアーズの初優勝は達成された。
2010年度の三洋電機以来、12季ぶりの「新王者誕生」。
12年の時を隔てた、両方の歓喜の輪にいた田邉淳は、感慨深そうに呟いた。
「初優勝に関われたのは、何ともいえない喜びがありますね。それまで対戦してきた方々にもたくさん『おめでとう』と言っていただきましたし」
初優勝でしか見えない景色がそこにはあった。
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