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故郷で巡る“笑わない男”の少年時代。
ガッキー伝説はやっぱり凄かった。
posted2019/12/26 11:50
text by
近藤篤Atsushi Kondo
photograph by
Yusuke Ohashi
12月26日本日発売のNumberに稲垣啓太の少年時代についての記事が載っている。
記事は6ページにわたって掲載され、原稿用紙でおよそ15枚、6000字ほどの文字で構成されている。
柳田國男が遠野地方に伝わる伝承をまとめた「遠野物語」は、文庫サイズでおよそ250ページ(河出書房版)を必要とした。
遠野物語級の話が次々に飛び出すガッキーの少年時代の逸話をまとめるには、6000字はあまりにも少ない。
そこで今回は本誌の記事の中に入れられなかったいくつかのエピソードを紹介することにする。
本誌の記事では、最初に2人の幼馴染が登場する。
~~依頼を受けておよそ2週間後、僕は信越本線荻川駅からほど近い居酒屋にいて、目の前に座った2人の男性の話を聞いていた。彼らの名前は、大橋佑允と吉原舜といった。2人ともガッキーとは市之瀬幼稚園の頃からの幼馴染である~~
大橋さんは今現在新潟ふるさと村という道の駅で働いていて、ガッキーは帰郷するとここに必ず立ち寄り、大量の笹団子をパナソニックのチームメイト達に買って帰るそうだ。まあその何倍ものお土産を我々も彼に持たせているんですけどね、と大橋さんは笑う。
吉原さんの方は現在愛知県で小売業に従事しているが、たまたまタイミングよく(というか具合の悪いお祖母さんをお見舞いに来ていたのだけれど)新潟に戻ってきていた。
中学の運動会はハルク状態。
騎馬戦とかほんと笑えましたよ、と大橋さんが中学の運動会を思い出す。
「あいつ、体の大きさで言ったら、中3の時の方が太っていた分、今よりもでかかったんじゃないですかね。だから騎馬戦なんかもう無敵です。啓太はいつだって騎馬の真ん中なんですけど、相手の騎馬は一発でぐじゃっと潰れちゃいます。だから上に乗ってるやつは暇でした」
棒倒しもそうだったよね、と吉原さんが付け加える。
「普通あの競技って、身軽な奴が何人か相手の棒に飛びついて、そっから倒しにかかりますよね。でも啓太の場合、1人でウオォーって突っ込んでゆくと、相手の棒がそのまま根元から倒れちゃってました」
子供のお遊戯に超人ハルクが乱入するようなものである。ラグビーの試合はもちろんのこと、稲垣啓太は運動会でも絶対に敵に回したくないタイプである。