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「子どもが風邪をひいたらどうするの?」元Jリーガーが語る、中国での育成の難しさ…オシムチルドレンはなぜ中国でサッカーを教えるのか?
posted2023/05/24 11:25
text by
島沢優子Yuko Shimazawa
photograph by
J.LEAGUE
オシムと関わりのあった当時の選手、通訳、コーチたちは今何をしているのか? 彼らは“オシムの言葉”をどう活かしているのか? ジャーナリスト島沢優子氏が11人の男たちを軸に取材した『オシムの遺産 彼らに授けたもうひとつの言葉』(竹書房)が発売2週間で重版と売れ行き好調だ。
そして今回、筆者・島沢優子氏が中国へ渡ったオシムチルドレン、楽山孝志氏を新たに取材した。元ジェフの楽山氏は、なぜ現役引退後も中国に残る決断をしたのか?
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中国に渡った“オシムチルドレン”
中国は今やインバウンド需要で中心的存在であり、私たち日本人にとって身近な国になった。そんな中国のサッカー界で活躍している日本人がいる。
楽山孝志(42歳)。イビチャ・オシムがジェフユナイテッド市原(現ジェフユナイテッド市原・千葉)の監督に就任した2003年に同クラブへ入団。オシムが日本代表を指揮するまでの3年半、指導を受けた。広島、ロシアなどを経て2011年からフィリップ・トルシエ率いる中国スーパーリーグの深圳紅鑽へ。中国南部の広東省に位置し香港に隣接するこの地で3季プレーし、リーグのベストイレブンに選ばれるなど活躍した。
2人の日本代表監督の薫陶を受けた現役生活。その引退後も中国にとどまり、2014年に深圳でサッカースクール「TCF楽山サッカー塾」を開校して10年目を迎える。その楽山がS級ライセンス講習のために帰国していると聞き、滞在していた静岡市を訪ねた。
「子どもが風邪でもひいたらどうしてくれるのだ!」
「日本はやはりリラックスできますね。中国のほうが時間の流れがスピーディーなんです。様々なビジネス、交渉が凄まじい速さで進んで行く。毎日90分(サッカーの)試合をしているような感じですね」と自分の言葉でハキハキと話す。大陸で人生を切り拓いてきたバイタリティを感じさせる。
楽山がサッカー塾を発足させる以前の中国には、子どもにサッカーを教えられる専門家が少なかった。深圳に3つほどあったクラブでは主にサッカー未経験のお父さんコーチが教えていたし、時折足を運んでいた日本人学校でも指導者がいないのが悩みだと聞かされていた。引退を発表したら、サポーターから「中国のサッカーを変えるために残ってくれ!」と懇願された。