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「真実は自分で探求する」イビチャ・オシムが語っていた名将の条件とは?「リスクを冒しながらトライできるように」「日本の監督の問題は…」
posted2023/05/09 17:02
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph by
Takuya Sugiyama
【記事全文は「NumberPREMIER」にてお読みいただけます】
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「アドバイスするようなことは何もない」
日本の若い監督やリーダーたちに、指針となる助言をしてほしいと求めると、イビチャ・オシムは彼らしい誠実さと素っ気なさでこう答えた。
「すべてはすでに書かれている。いつ、どうやって監督を始めるか。どんなスキルが必要か。監督になろうとする人々は、そういうことをすでに知っている。監督教育はそこまできている」
その通りだろう。だが、オシムといえども、はじめから"偉大な"という形容詞がつけられる監督であったわけではない。若かりしころ、たとえば現役引退直後に監督をはじめたFKジェリェズニチャルの時代には、さまざまな苦悩や試行錯誤があったはずだ。そうした経験を経て、いかにして今日の方法論を確立したのか。独自な発想の源はどこにあるのか。それが聞きたかった。
「ジェーリョ(ジェリェズニチャルの愛称)でどれだけ馬鹿なことをやったのかを、話せというのだな(笑)」
その言葉とともに、オシムは自らの監督論を語り始めた。彼が監督業を始めたサラエボの地での長いインタビューは、こうして始まった。
「私が選んだのではない。彼らが私を選んだのだ」
ーーまず、監督という第2のキャリアを始めるにあたり、何か新しいことをやろうという思いはありましたか?
「クラブの目標は1部残留だった。1部に復帰したばかりだから、誰もが残留を望んでいた。もっとも、ジェーリョの監督になったのは、他に仕事がなかったからだ。選手を引退して、普通の生活をするためにサラエボに戻ってきた。それだけのことだ」
ーー野心はなかったのですか?
「ない。私はここに、何かをしにやってきたわけではない。全能の存在として、迎えられたのでもない。来たのは仕事を得たからであって、それを正しく全うしようと思ったからだ。さらに何かができることに気がついたのは、1部残留を実現した後だった。その後のグラーツでもジェフでもそれは同じで、ナビスコカップのタイトルを取るために、ジェフの監督になったわけではない。
日本に行って驚いたのは、シーズン前にJ1の全クラブの監督が、優勝を目指すと言っていたことだ。そうではなくて、結果を得てうまくいけば、さらに上を目指す。それが本来のやり方で、いきなりチャンピオンを獲得するためにここに来たというのは正しくない」
ーーそれはあなたが、小さなクラブばかりを選んでいるからではないですか?