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年の瀬にアントニオ猪木から直電「元気ですか!」…猪木が通い詰めた蕎麦屋の店主が語る“優しい素顔”「最後の晩餐には、蕎麦とワインを」
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2023/02/19 17:00
アントニオ猪木が足しげく通った『かわしま』の蕎麦。最初は冷たいせいろで蕎麦の香りを楽しみ、一品料理の後に温かい蕎麦で締めていた
猪木は店に入って右奥のカウンターの隅によく座っていた。まれに4人掛けのテーブルの時もあったが、大抵はそこだった。
川嶌さんは昨年10月1日に猪木さんが亡くなってから、そこを「猪木席」として空けてある。今も猪木のフィギュアや笑顔の写真や新聞、雑誌なども置かれている。葉巻もあった。
緊張のあまり簀巻きから卵焼きが…
筆者は猪木と一緒に店に行ったことがあるが、猪木はまず小さい盛り蕎麦を食べる。蕎麦の香りを感じたいというのだ。
「あとは順番に出てくるから。足りなかったら好きなのを頼んで」
そう言うと、うまそうに蕎麦をすすり始めた。
馬刺しがあるのは猪木にとって嬉しかった。三種盛り合わせで特上、フタエゴ、タテガミと並んでいる。甘い醤油、生姜、ニンニク、そして敷かれた白い玉ねぎもいい。
熊本名物の辛子蓮根の、独特の食感が快い。
卵焼きも出るが、焼いた後、川嶌さんは簀巻きでちょっと丸く形を整える。まだ何回目かの来店の時、猪木がカウンターから身を乗り出してきた。「緊張しているのに、そんなにプレッシャーかけないでと言うくらい(笑)」。ちょうど簀巻きを両手で持ってタテにしたとき、卵焼きがするっと下に滑り落ちてしまった。
「それまで卵焼きを落としたことは一度もありませんでした」
猪木のニコっとした顔が目に浮かんだ。
「ああ、それから、猪木会長が亡くなって初七日にあたる日、オークラ(東京)の萩(俊一)さんが店に来てくれたんです。そうしたら、また卵を落としちゃいました。それが2回目です」
いたずら好きの猪木は、常席から喜んでいたことだろう。
惠子さんの父親の葬儀の日には、こんなこともあったという。
「お花はいただいていたんですが、まさかご本人に来ていただけるとは思いませんでした。葬儀場に猪木さんが来られると、周りは『猪木だ。猪木だ』って。父親と家族の思い出の映像をスクリーンで流していたんですが、『猪木さんが来た時だけそれがフリーズしちゃった』って子供が言っていました(笑)」
そういった話を聞くにつけ、猪木流のいたずらだ、と筆者は思う。猪木自身の葬儀の時にも、総持寺のお坊さんの座る大きなイスが、ばらばらに壊れてしまったのを目撃した。