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「突然、心臓が20分間止まって…」世界的クライマー・倉上慶大35歳が死にかけた朝「気づいたら救急車」命かクライミングか…医師とのバトル
text by
寺倉力Chikara Terakura
photograph byMiki Fukano
posted2022/12/31 17:10
プロクライマー倉上慶大。国内の最難ルートを次々に完登するなど、世界のクライミングメディアから注目される。2021年10月に心肺停止を経験、そこから復帰した
倉上 初日か2日目くらいだと思います。あなたはこういう病状で、こういう理由で倒れたという説明がありました。ただ、「運動誘発型の冠攣縮性狭心症」という症例は相当なレアケースで、診ていただいた先生方も初めてだったようです。説明には専門用語が多くて、わからないところがあったので、翌日の朝に、心臓病の教科書みたいな本を看護師さんから借りて、自分で勉強しました。
――心肺蘇生した翌日に専門的な医学書ですか。
倉上 僕がいたのは心臓病専門の救急病棟だったんですが、「わからないことがあったら聞いてくださいね」と看護師さんが言うので、いろいろ質問したんですよ。心室細動ってなんですか? 冠攣縮って? って。その都度、看護師さんは僕に本を見せながら説明してくれたんです。なんだ、いい本があるじゃないですか。それを僕に貸して下さい。自分で理解しますからって。
医学書というよりは、看護師のための教科書のような本でした。図解やイラストも多く、専門用語をすっ飛ばして必死になって読んでみたら、自分なりに理解することができました。なるほどこういうことかと。それが3日目くらいのことです。
「え、クライミングできないじゃないですか?」
<倉上の「冠攣縮性狭心症」という病気は、いわゆる狭心症と呼ばれる心臓病の一種で、冠動脈、つまり心臓を動かすための動脈が収縮することで血流が滞り、心筋が虚血に陥ることで、場合によっては心室細動のような致死性不整脈を起こすというもの。虚血による心不全や突然死に至る可能性があった。
そのため、いつ襲ってくるかもしれない突然死のリスクを回避するために、植え込み型除細動器(ICD)を体内に入れることを医師は強く推奨していた。この機器は危険な心臓発作の症状をいち早く検知し、電気ショックによって解消するもの。わかりやすくいうなら、AEDと同じ働きを体内で自動的に行う機器だった。>
倉上 教科書によると、ICDの手術は肩甲骨から左胸郭外側の筋肉を切り開いて、胸の横に埋め込みます。でも、そんなところに機器を入れたら、なにかしら弊害はあるだろうと思って先生に聞いたんです。すると、腕が水平までしか上がらなくなります、と。え、そんな状態ではクライミングなんてできないじゃないですかと。そこから入れる、入れない、で先生とのバトルが始まります。
――入れないという選択肢もあるのですか。
倉上 たいていの人は医師の勧めに従って除細動器を埋め込みます。でも、腕が肩より上がらなくなる、それはクライマーとしての人生をあきらめるに等しいわけです。入れたくないと伝えると、先生は「なに馬鹿げたことを」と言っていましたが、そこは自分としては簡単には譲れない問題です。
狭心症ということで、当初は心臓カテーテル検査もやることになっていました。でも、本人の同意が必要とのことで、僕はお断りしました。カテーテルは前腕から入れて動脈内を通していくのですが、神経を傷つける可能性もあってクライミングに支障をきたすかもしれない。それに僕の場合は動脈硬化による狭心症ではない可能性が高いとも言われていたので、カテーテルで血管をチェックする必要はないと考えたのです。
医師の驚き「え、どなたも止めないんですか?」
――そうした倉上さんの病状と選択について、ご家族と話しましたか。